もしもの恋となのにの恋

「正直・・・秋人には負ける。・・・認めたくはないけれどね」
宮原さんのその言葉に俺は小首を傾げることしかできなかった。
そんな様子の俺を見て宮原さんは子供のような笑みを溢した。
「秋人に千鶴を盗られたのなら俺は仕方ないって思うし、あきらめもつく。まあ・・・すぐにはそうは思えないだろうけれど・・・」
宮原さんのその言葉に俺は瞬いた。
まさかそんなことを宮原さんから言われるとは夢にも思っていなかった。
俺は小さな溜め息を密かに吐き出した。
なんとなく自分がひどく惨めでこれ以上ないほどの極悪人に感じられた。
実際、そうなのかも知れないけれど・・・。
俺は自分を惨めだと思うし、ひどいヤツだとも思う。
けれど、それでもいいと今は思える。
それほど俺は今、高揚していた。
千鶴に本当の気持ちを伝えれた。
それは本当に俺にとって幸福なことだった。
例え、俺のその想いが千鶴に届かずとも・・・。
「・・・秋人になら安心して千鶴を任せれる」
ドクン・・・。
なぜか心臓が強く脈打った。
俺は恐る恐る運転席の宮原さんへと目を向けた。
宮原さんは笑っていた。
「宮原さん・・・。宮原さんは今、何を考えているんですか?」
俺の質問に宮原さんはクスクスと笑い声を漏らし、笑っていた。
別に面白いことを言った覚えはないのだけれど・・・。
そんなことを俺は心の内で呟いた。
「俺は何も考えてなんかいないよ」
宮原さんはあっけらかんとそう言うとまたクスクスと笑い声を漏らし、笑った。
宮原さんは昔からよく笑う。
けれど、今日は特別よく笑っているようにも感じられる。
そんなことを心の内で思っていると宮原さんの笑みがふっと掻き消えた。
それはまるで蝋燭の火のように呆気なく・・・。
「・・・秋人は千鶴の秘密、知ってるよね?」
千鶴の秘密?
俺は小首を傾げ、その言葉の意味を宮原さんに訊ねようとゆっくりと口を開いた。
宮原さんは口を開いた俺よりも早くに声を発した。
「高校時代、千鶴が階段から落ちた事故の真実・・・」
ドクン・・・。
大きく心臓が脈打った。
宮原さんも恐らく、あの事故の真実を知っているのだろう・・・。
俺は戸惑いつつもコクリと小さく頷いた。
それを見てか宮原さんは小さな溜め息を吐き出した。
相変わらず車は安全運転でどこかへと向かっている・・・。
「・・・宮原さんはそれを千鶴から聞いたんですか?」
俺の問いに宮原さんはゆるゆると首を横に振った。
「なんとなく・・・本当になんとなくだけれど、あれは事故じゃないと直感的にそう感じた。そして、千鶴が誰かを庇っているであろうこともなんとなくわかった。・・・一応、俺たちも恋人だから」
宮原さんは淡々とそう言うと苦いような照れているような笑みを満面に浮かべた。
宮原さんは幸せなんだな・・・。
不意にそんなことを思った。
そして、それを俺は心の内から羨ましいと思った。
宮原さんは千鶴の恋人で宮原さんは千鶴と婚約をしている。
千鶴は宮原さんの恋人で千鶴は宮原さんと婚約をしている・・・。
もしも、俺が千鶴の恋人なら・・・。
もしも、俺が千鶴の婚約者なら・・・。
またそんなことを不意に思う俺は本当に惨めだ・・・。
それでも俺はそんなあり得もしない『もしも』を思う。
けれど、現実はいつだって残酷だ・・・。
そんな『もしも』などどこにもありはしない。
なのに・・・だ。
それでも俺はその『もしも』を思うし、願う・・・。
それほど俺は千鶴のことが好きだ。
本当に俺は千鶴のことが好きなんだ・・・。
「・・・千鶴を階段から突き落としたのは夏喜です」
ポツリとそんなことを言ってみる。
俺はこっそりと運転席の宮原さんの様子を窺った。
宮原さんはその事実に驚くだろうか?
それともその事実に憤慨するだろうか?
しかし、俺の予想はどちらも見事に外れた。
宮原さんはただ、小さな溜め息を吐き出しただけだった。
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