もしもの恋となのにの恋
本心

もしも、階段から突き落とされたのが千鶴でなければ俺は 絶対に夏喜を怒鳴ったりなどしなかった・・・。
けれど、階段から突き落とされたのは千鶴だった・・・。
千鶴を階段から突き落としたのは千鶴の唯一無二の親友、夏喜だった。
夏喜は俺に恋をしていた。
俺は千鶴に恋をしていた。
俺も夏喜も叶わぬ恋をしていた・・・。
そして、千鶴も・・・。
それがいつからの恋なのか俺は知らないし、知りたいとも思わない。
けれど、俺はいつも『もしも』何て言う甘い考えに思いを馳せていた。
もしも、千鶴が俺を好きになってくれたなら・・・。
そんな『もしも』の空想を俺は一体、何度繰り返し、望んだだろうか?
だが、その空想はいつも『なのに』に崩され、阻まれた・・・。
そして、それは恐らく夏喜も同じだったはずだ・・・。
なのに・・・はどんな言葉よりも残酷だ。
俺はいつも千鶴が一番だった。
そして、それは今も変わらない・・・。
そして、これからも変わる予定はない。
俺の中心にはいつも千鶴がいて、千鶴を中心に俺の世界は回っている。
千鶴がいれば俺はそれだけでいい。
そう俺は思う・・・。
例え、千鶴が俺のモノでなくとも・・・。
「・・・何で?・・・どうしてよ?」
呻くような声で夏喜は呟いた。
そんな夏喜を俺と千鶴は黙って見つめていた。
嗚呼、何かが崩れ去る音が聞こえる・・・。
「何で秋人はいつも千鶴が一番なの!?何で私じゃないの!?私は秋人のことが本当に好きなのに!何で秋人は叶わない恋をずっとしていられるの!?ねえ!何でよ!?」
ガラガラと音をたてて何かが崩れ去っていく・・・。
人は本当に脆く、醜い・・・。
俺は無感情にそんなとこを呑気に思った。
おぞましい崩壊の音がしているのに・・・だ。
本当に俺は呑気だ。
そして、俺は本当に薄情で醜く愚かな人間だ・・・。
嗚呼、もう俺たちは元には戻れない・・・。
そう思っても俺は何も感じなかった・・・。
感情の欠落・・・。
そう言うのが本当に妥当でふさわしいほどに俺の心は虚無で凪いでいた・・・。
千鶴がこっそりと隣にいる俺の様子を窺ってくる。
千鶴のその様子から察するに千鶴の心情もまた俺と同じように虚無で凪いでいるようだった
ただ一人、夏喜だけが吠えて荒れていた・・・。
俺はそれがなぜだか奇妙に感じられた。
人はこんなににも変わるのか・・・。
またそんなことを呑気に心の内で俺は思った。
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