アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
13


ミハイルがコートを着て和室から出てきた瞬間、私はああ、またか。と思った。

「では、いってきます」

私は洗い物の手を止めて顔を上げた。
どこへ?とは聞かなかった。答えずにはぐらかすのがわかっていたからだ。


「いってらっしゃい、雪で滑るから気をつけて」

雪深いカガンで生まれ育った彼に、日本人の私がそんな注意をするのはよく考えればおかしなことだが、彼は素直に頷いて出かけていった。


最近、彼はよく出かけていく。特に、夜。

髪を染めたこともあって、今の彼はマスクで顔を隠せば少し背の高い普通の青年に見える。
どこででも売っていそうなデニムパンツを履いて、同じく量産品のニットを着た彼は今ならば外に出ても目立たない。

どこで何をしているのかと聞くことはしなかった。彼は一国の王子なのだ。普通のこの年頃の男の子達がよくやるような目的で外出しているのでないことは聞かなくともわかる。
彼のほうでも私にどこへ行くとはことわらない。一般人である私がカガンのことに深くかかわることのないよう、気を使っているようだった。

そう、彼は王子なのだ。
そのうち彼はもうここに帰ってこなくなる。
彼の外出が頻繁になればなるほど私は、いずれくるであろうその日をいやおうなしに意識することになった。
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