アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
15



自宅ドアと店を隔てる薄いドアが音をたてて閉まった。


深夜の自宅は寒く、私の吐く息もミハイルのそれも白い。
彼は迷うことなく私の部屋へと続くドアをあけ、私の手を引いた。


薄い安物のカーテンを通して、街灯の光が入ってきている。

窓辺に所狭しと置かれた瓶にはポトスの枝が挿してあり、瓶の中のガラス玉に根を絡ませている。
畳の上に直接置かれた古いマットレスは安物で、動くたびにかすかに軋んだ。ポトスの葉を透かして入り込む街灯の光が斑の模様をベッドにも壁にも広げている。

部屋に入るなり、ミハイルは何度も何度も私の唇に自身のそれを押し付けた。まるで拒絶の言葉を恐れるかのように、何度も何度も。
重なるたび、彼の唇はかすかに震えていた。彼の心臓は、私の耳にも届くほどその鼓動を響かせていた。


「ミ、ミハイル」

私はこれから起こるであろう事に戸惑っていた。それが私達どちらにとってもいずれ心の傷になるであろうことを知っていた。

何もかもが安っぽく、美しいものなど一つも無い部屋の中で、一国の王子たる彼は黒いニットを脱ぎ捨て、シャツを脱いだ。


青白いうす闇の中に、ミハイルの薄く骨ばった体が浮かび上がった。光に溶けてしまいそうなその白い肌は私の肌とは全く違っていた。

なめらかで、ちょっとしたことで赤く染まる白い肌。遠い国からやってきた白い体。そして、ろくに手当てもできないまま応急処置で乗り切った腕の傷が、彼の白い肌にくっきりと薔薇色の線を残していた。

彼は灰色がかった紫の瞳で私をじっと見つめていた。まっすぐに。
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