アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
19



「こちらです」


イリアスさんが大きな両開きのドアを開けると、広い空間が広がった。私が今まで見たことのあるホテルの部屋はベッドとデスクが置かれているだけの部屋だったが、この部屋にはベッドはない。
大きな空間を惜しみなく使ってほとんど白に近いライトベージュのソファが壁にそってのびていて、艶のあるダークグレイとグレイのクッションがセットになってアクセントのように何箇所(なんかしょ)も置かれている。
私には無駄に感じられるほど大きな黒のローテーブルには真っ白な大手鞠(オオデマリ)のアレンジメントが置かれていた。


モダンだけれどどこか和の雰囲気を感じさせるシックな部屋の窓辺に、ミハイルが立っていた。

彼は私の家にいたときとは違って深く鮮やかな紫色のジャケットを着ていて、きちんとネクタイを締めていた。ネクタイの結び目に黄金色のネクタイリングが輝いていて、彼が身動きするたびにきらりと輝いた。

私が買ってきた2900円のニットを着ていたときも彼はもちろん高貴で美しかったが、今の彼はあるべきところにしっかりとおさまった感じがある。

彼の若竹のようにしなやかな体に添うように作られた服は明らかに既製品ではない。その手のかかった服を見事に着こなした彼は少し疲れたような憂鬱な表情を浮かべていて、どこか昔の貴人の肖像に似ていた。

家にいたときとは明らかに違う……。

一国の王子たる彼が王子らしく見るからに高貴なのは当然のことなのに、私は彼の辺りを払うような高貴さに言葉を失い、そして彼と私の立場の違いを痛感した。

彼は私の姿を見るなりその美貌にかすかな微笑を滲(にじ)ませた。

「殿下、遙様をお連れしました」


イリアスさんが優美なお辞儀をすると、ミハイルはかすかに頷いた。彼よりも五歳ほど年齢が上のイリアスさんが頭を下げても、彼は全く動じることなくそれを当然のように受け止めていた。
人にお辞儀をされることなどほとんどない私はやはりそこでも私達二人の隔(へだ)たりを感じた。

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