アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)

「今だけのことを考えれば、あなたを失うことはたしかに殿下にとって大きな苦痛でしょう。今回のクーデターで両陛下を始めたくさんの王族が命を落としました。王制を支持していた貴族も……王子のご友人方も。誰もいない敵ばかりの国に帰って一人で戦う……これは確かに苦痛です。
ですが、長い目で見れば、あなたはを殿下の人生に巻き込んでしまったこと、きっと殿下は後悔なさいます。
そして間違いに気づいたからといって、すぐにあなたを日本に帰すことができるかというと、殿下はそうはなさらないでしょう。一夫多妻が認められている一方で、カガンの夫が負う妻に対する責任は大変重い」

私は頷いた。
イリアスさんの言うことはよく理解できた。
やはり……、私では駄目なのだ。
いつかミハイルが心変わりするだけですむならそこからまた人生をやり直せばいいと思える。ようは私の心積もりひとつで人生は変えられる。
けれど、私達の恋が王子であるミハイルの人生を捻じ曲げ、ひいてはカガンという国の運命を捻じ曲げる……。それは間違いに気付いた時点で修正すればいいというものではないだろう。個人の人生を小船だとするならば国の将来は大きな船のようなもので、方向転換ひとつするのも簡単なことではない。個人の力量を超えた大きな力と時間が必要になってくる。

私が後悔するのはいい。
でもミハイルが後悔するのはいやだ。自分の判断が国を破滅に導いた、取り返しのつかないことでミハイルが苦しむようになるなんて耐えられない。


その気持ちは、年上女の矜持だったのかもしれない。だからエゴでないといえば嘘になる。


「ハルカ様。殿下は今、ご両親を一度に失い、友人だと思っていた人々をも失い、大きな喪失感と孤独を抱えておられます。
その殿下のお心を立てなおして庇ってくださったこと、そして殿下のお命を守ってくださったこと、私は心より感謝しております。あなたが優しい方であること、女性として非常にお可愛らしい方であること、わかっております。
ですが……、これはそういう問題ではないのです」


イリアスさんがミハイルの従兄弟であるから、臣下であるから、だから私を排除しようとしているのでない。そのことは今の話で十分に伝わっている。
イリアスさんはフェアな目を持った人だ。決して身内としての欲目から私を下に見ているのではない。

そうではない。そうではないけれど……、彼は王子としてのミハイルを案じているのだ。個人としてのミハイルが傷つくようなことになっても、それでも王子としてのミハイルだけは守ろうと、そういう姿勢で私と向き合っているのだ。


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