アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)


私はそのまま、ほとんど井出さんと名も知らない空港職員の方に引きずられるようにして車まで歩き、後部座席に押し込まれた。

「よく頑張りましたね」

井出さんの言葉に、私は答えることができなかった。

私は頑張ったのだろうか。
ただ逃げただけではないのか。

美女揃いの後宮で、あっという間に二人の恋がしおれて朽ち果てるのを見たくなかっただけではないのか。
ミハイルを支えることができないなんてただの言い訳じゃなかったのか。

ミハイルが何度も指摘したように、確かに私は弱い。意気地なしだ。だからこそ恋を失った。誰が何を言って反対しようとも、互いが死ぬ事になっても、それでも恋を貫くということもできたはずだ。


少なくともミハイルはそういうつもりでいた。けれど私はそうできなかった。

私は自分で思うよりもずっと、ずっと弱かった。

恋に落ちてからも、私はずっといろんな人の顔色を窺(うかが)っていた。
会ったことのないカガン人たち、ひとりひとりの顔色までも窺っていた。
怖かった。それに負けたのだ。

私はまた敗者になってしまった。それも、こんなに血の通ったあたたかい気持ちを抱えたまま、それでも負けてしまった。勝てなかった。

「……っ……」

ミハイルにもう会えないのだという悲しさと、現実に抗うことのできない弱い自分への悔しさがこみ上げて嗚咽と涙になった。
慌てて手のひらを口元に押しつけ、叫びだしたいような悲しみをこらえた。

井出さんは、私を見ないようにしてそっとハンカチを出してくれた。手荷物を機内に残してきた私にはハンカチもティッシュもないからだった。
化粧をしていた私は井出さんのハンカチを仕草で断り、うつむいた。
ウールの膝丈スカートの上にはたはたと私の涙が落ちてしみを作っていく。

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