アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)

彼は自分自身の行動に驚いて口元に手を当てた。

「失礼……!」

彼は短くそういうと、立って和室のほうに入っていってしまった。

おそらく、乱れた姿を人に見せないという王族としての彼の矜持、そして信頼にたるべきものが身近にないという深い孤独が彼にそういう行動をとらせたのだろう。

キッチンで沸いた牛乳がしゅうしゅうと音を立てて吹き零(こぼ)れていた。
あわてて火を消し、そしてダメになってしまった牛乳を見つめながら、私はためいきをついた。



王子はこれからどうなってしまうのだろう……。
王制のカガンは、王位が空になってしまったらどうなるのだろう。政治は、そして王子の扱いは。

両親が不当に殺されてしまったその瞬間でさえ、彼は王子として弱みを人に見せなかった。立派だった、そういうべきなのかもしれない。けれど、その一般とかけ離れた彼のありようと、誇り高い性質は今後、ひどく彼を苦しめるに違いないと思った。

気の毒、哀れ、どの言葉もしっくりとはこなかった。
いたわしい。


彼が涙をこぼせない分、私の心がしくしくと痛んだ。
けれど、彼は王子たる誇りを持って、私に涙を見せなかった。だから私も王子の心が毀(こわ)れる、あの瞬間に見たものを忘れたほうがいいだろう。
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