アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)



あれは、私が26歳のときだった。

記録的猛暑という表現が珍しくもなんともなくなった夏。
暑さをしのぐためにと作ったゴーヤのグリーンカーテン越しに見た空はぎらぎらと眩しかった。


お盆が始まる2日前、父が突然脳梗塞で倒れた。

父はそのまま搬送先の病院で死んでしまった。
脳梗塞だった。


それまで血圧が高いだのなんだのと言いながら、父自身もまさか死ぬなどとは考えなかったのではないだろうか。父は医師から生活上の注意を受けても相変わらず晩酌は毎日だったし、煙草も暇を見つけては吸っていた。
今でも父の思い出といえば煙草をちょっと斜めに唇に挟み、ポトスの葉を霧吹きできれいにしてやる姿ばかりだ。


あまりにも突然だった親の死。

その時私はどんな気持ちだっただろうか。

今、かつての私と同じように親を失った王子を前に、私は数年前の記憶を探ってみたが、私の記憶の中は真っ白だった。


父の葬式が行われたのは丁度八月で、喪服を着た人たちの額から汗がたらたらと落ちていたのを覚えている。
父のために参列してくれた人々の服装も顔つきもアルバムを開くようにはっきりと思い出せるのに、その時自分自身がどんな気持ちだったか、誰からどんな言葉を聞きたかったのか。それについてはまるで頭の中をきれいに洗ったかのように記憶がない。

だから、私は今、親をなくした王子にどんな言葉をかけてあげればいいのかわからない。
二階にいるであろう彼を常に意識しながらも、どうすればいいのかわからずにただ手をこまねいている。
彼の部屋の襖をあけて、さあ元気を出せとか、気晴らしに外に出てみようとかそんな言葉を口にする勇気さえ出ない。



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