クールな上司とトキメキ新婚!?ライフ

 触れるつもりじゃなかったのは、明白だ。
 会社にいれば絶対にない話でもない。例えば、隣の人と肘がぶつかったり、廊下の角を曲がろうとして鉢合わせ、なんてこともあるはず。

 だから、これはよくあること。
 つまり事故みたいなもので、なんのイベントでもない。期待するだけ無駄で、期待なんかする立場でもなくて。
 何か起きたとしても、上手く対応できない経験の無さが、やたらと私自身を煽る。


「どうした?難しい顔してる」

 部長が私の膝にバッグを置いて、そのまま見つめてくるから……息もできなくなりそう――だったのに。



 頭に乗せられた穏やかな重さに、私は自然と顔を上げた。


「また、機会があれば誘わせてね」

 呼吸を忘れたら、部長しか見えなくなる。
 髪に触れるそれが部長の手だって気づいたら、全身が熱くなってきた。


「あ、ありがとう、ございましたっ、失礼しますっ!!」

 それでも、容赦なく微笑んでくる意地悪な部長に乱されてしまう前に、私は慌ただしく離れて車を降りた。


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