【完】悪名高い高嶺の花の素顔は、一途で、恋愛初心者で。
会社から自転車で四十分、電車で十五分くらい。
遠いわけでもないけれど、近いわけでもない。
でも、その話はあまりしたくなかった。
「私のことは気にしないで」
「ふーん、そ」
お姉ちゃんは、それ以上言うつもりはないのか、以降黙り込んでしまった。
長い沈黙に揺られ、お店のあるビルの前にタクシーが停まった。
ここは一風変わった、完全個室制のカフェ。
ゆったりと寛げるスペースの一室で、いつもの個室に行くと、すでにお母さんと、左吾郎さんは着いていたようだ。
「お久しぶりです」
挨拶をして中に入ると、笑顔の二人が出迎えてくれた。
「元気にしてた?百合香ちゃん」
「久しぶりだね。さ、ふたりとも飲み物でも」
左吾郎さんにメニューを差し出され、会釈しながら受け取る。この人といるときは、常に気を張ってしまう。でも……それはきっとお互い様だ。
大体二ヶ月に一度開かれる、『家族』揃っての食事会。
お母さん、お姉ちゃん、私……そして、左吾郎さん。
左吾郎さんは、私の勤める会社の、社長だ。
そして……お母さんの再婚相手でもある。
「今月、少し仕事が立て込んでしまって……なかなか時間が取れなくてごめんね」
「いえ、お気になさらないでください」
「もう、百合香ちゃんったら、そんなかしこまらないの!」
いつまで経っても左吾郎さんに対して敬語が抜けない私に、お母さんが頰を膨らませた。