【完】悪名高い高嶺の花の素顔は、一途で、恋愛初心者で。
そう言われても……。
左吾郎さんがお父さんになるとわかったのは、入社した後だったのだ。
まさか社長が自分のお父さんになるだなんて思ってもいなくて、私は酷く戸惑った。そして、いろんな理由付けをして、こうして一人暮らしさせてもらうことにしたんだ。
社長と同じ住まいだなんて……異様な空間、正直に言ってしまえば落ち着けなかった。
左吾郎さんは良い人だし、お母さんのことを大切に想ってくれている。左五郎さん自身のことは好意的に思っているし、尊敬もしている。
二人には末長く幸せになってほしいと、心の底から願っている。
けれど、左吾郎さんをお父さんと思えるかどうかは、また別の話で……。
このお食事会が、私はいつも苦手だった。
「仕事はどうだい?」
「はい、問題ありません」
「嫌な上司がいたらすぐに言うんだよ。はっはっはっ」
楽しそうに笑う三人に、私も笑顔を浮かべてみた。
ただでさえ笑うのが苦手なのに、私はちゃんと、笑えているだろうか。
ああ、今私、すごく失礼なこと考えてる。
那月君に、会いたい。
「すみません……お手洗い、行ってきます」
席を立って部屋から出た。お化粧室に行って、鏡の前でぼうっと立ち尽くす。
お母さんたちは、きっと私を、実家に戻したいんだろうな。