柔らかな彼女
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てまり

その日、俺が同期で経理課主任の 田川和貴と 居酒屋てまりに入ったのは偶然だった。

いつも行っていた駅前の大手チェーン店に寄ったが 大口の宴会が入っているとかで
何気にのぞいた細い路地に てまり と書いた看板が見えた。
外から見ると小さい店かと思ったが 中に入るとカウンター5席、テーブル3卓、
さらに奥の座敷は4卓あり、俺たちが入ったときはテーブル一つ残して満席だった。

引き戸を開けると 
「いらっしゃいませ… 何名様ですか?」
と黒いストレートの髪を一つに束ねた女の子が、笑顔で振りむく。

『うわっ、かわいい…っていうか、きれいかわいい?しかも声がすごいいい。』
声を出すのもわすれ、二人の意味をこめ、指を2本たてると

「こちらへどうぞ。」
と空いているテーブル席を指ししめしながら、少し首をかしげて微笑む。
やばい、目が離せない。

椅子にかけると、すぐに
「おしぼり、どうぞ。」
とまた微笑み、
「お先にお飲物お決まりでしたら、お伺いします。」
とテーブルの横に片膝をついて、俺と、カズの顔を交互にみる。

「生ふたつ。」
とカズがこたえると

「よろこんで。」
にこっと、微笑みながら厨房のほうへいってしまう。

「おいっ!お前見すぎだよ、大丈夫か?確かにかわいいけど、いきなりあんなに見てたら
失礼だろ。」

カズに言われて、はっとする。確かに店に入ってから、彼女しか見えてなかった。

「で?…たけは、一瞬で恋に落ちちゃったわけ?確かに彼女かわいいけど、なんか
ライバル多いみたいぜ。まわりよく見てみ。」

言われて店内を見回すと、確かに…
彼女が通りかかると、あちこちから声がかかる。…し、チラチラ見てる男もいる。

彼女がジョッキ片手に、こちらにやってくる。

「お待たせしました。生ビールです。こちらは本日のお通し、ジャガイモとひき肉の煮物
です。お料理のご注文はおきまりですか?」

耳をくすぐるみたいな、甘い柔らかい声で話しながらジョッキと小鉢をテーブルに置いて
また片膝をついてこちらを見上げ、首を少し傾けて微笑む。

「………。」
「???」

彼女を見つめたまま動けない。
「だーかーらー、たけ?見過ぎだって。」
瞬間、顔がぶわって熱くなるのがわかる。

「…うわっ、すみません。あ、え?注文…だよね?料理どうする?」

とあわててカズの顔に視線を移して、メニューを手にとる。
目の前で二ヤつく、カズ。なんかむかつく。ふうーっと一呼吸おいて

「お姉さんのおすすめ、ありますか?」と彼女にきく。

彼女は、ふわっと笑って

「おなかすいてますか?がっつりと、あっさりだったらどちらがいいですか?」

「昼食べたきりだから、がっつりいきたいな。」

「では、すぐお出しできる”よくばりサラダ”から、”牛肉のサイコロステーキ”
これ、大将の秘伝のたれが最高なんです。それに”だし巻たまご”でいかがですか?
全部、私のおすすめで、人気メニューですよ。」

「それ全部ください。」
すかさず答えてしまう。

「よろこんで。少々お待ちください。」
またもや、最上級のにこっを残して離れる彼女。

「おまえさー、まじで見過ぎだって。しかも俺のこと無視して全部決めちゃうし。
お前の今の顔、好きですって書いてあるからな。」

「えっ?まじ?ばれてる?っていうか、料理あれじゃいやだったか?」

カズは呆れた顔で、笑っている。

改めて、彼女を目で追うと、カウンターにいるスーツ二人組の男の一人が
「さあちゃーん!」と呼ぶ。
彼女が
「はーい!!」とかけより膝をついて

「ご注文ですか?」とほほ笑む。

「うん。枝豆。」

「よろこんで。」にこっ

「からあげ。」

「よろこんで。」にこっ

「あと、さあちゃんのアドレス!!」

なっ、なにー?!思わず、目を見開いて二度見してしまう。

「申し訳ありません。本日品切れです。」

「えー、いーじゃん。教えてよー。じゃあ、電話番号!」

「すみません。あいにく、そちらも品切れです。」
微笑みながら、そう言うと

「ご注文繰り返します。枝豆とからあげですね。少々お待ちください。」

そう言って、厨房にオーダーを通しにいく。すごい、見事。
少しもあせったり、照れたり、嫌そうにせずに、ずーっと笑顔で…
すると、別のテーブルのおじさんが

「さあちゃーん、ビールおかわりちょうだい。」と
ジョッキを持ち上げながら声をかける。

「はーい!よろこんで。…生一丁!」と元気にこたえる。

その後、俺たちのテーブルにも料理を次々運んでくれる。
俺はというと、彼女を呼びたくて何時もの倍のペースでジョッキをあけていた。

「たけ、大丈夫か?早いぞペース。」

ほかの客がみんな、彼女を”さあちゃん”と呼ぶのがイラつく。
注文のたびに、みんな一言、二言彼女に声をかけ、会話を楽しんでるのがわかる。
彼女も、それぞれのお客さんをみんな●●さんと名前で呼んでいた。
そのやりとりがいちいち気になって、ずっと聞き耳立ててた。

結局、閉店の0:00まで居座り、会計をすますと

「ありがとうございました。お客様、よろしければお名前お聞きしてよろしいですか?」
と彼女がきいてくれる。

「須藤です。須藤武仁!」
にこっとしながら
「須藤さんですね。」

「田川です。」とカズがいうと
「田川さん。」と繰り返し

「ありがとうございました。またお願いします。」
彼女の笑顔に後ろ髪ひかれながら、この日は帰った。


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