イジワル副社長と秘密のロマンス
「おっ、おっ、お前っ!」
袴田さんが樹君に向かって指をさし、声を上ずらせながら抗議の声を上げた。
「……さっ、三枝さんを……は、離せ……じゃないと……」
しかし、声音はどんどん小さくなっていった。最後の方はぼそぼそとした音になってしまい、全く聞き取れなかった。
そっと私から身体を離し、樹君が袴田さんへと顔を向けた。
苛立ちを露わにしている彼の表情に、袴田さんはびくりと体を震わせ、口を閉じてしまった。
「僕のことで頭がいっぱい? 悔やんで泣いてる?」
樹君に嘲笑われ、袴田さんの顔が色を失くしていく。
「己惚れんな。千花を泣かせているのは俺で、お前じゃない」
ハッキリと断言し、彼の視線が私に戻ってくる。
「……平気?」
そう言って、彼が私の頬に触れる。
涙なんか袴田さんに追いつかれた時点で止まっていたのに、樹君が優しい手つきで涙が伝い落ちたあたりをなぞるから、不覚にも目頭が熱くなってしまった。
「大丈夫……ありがとう、樹君」
樹君には感謝の気持ちでいっぱいだった。
階段から落ちそうになったのを助けてくれたことも、こうして追いかけてきてくれたことも。
胸が詰まって、それ以上何も言えないでいると、階段の下の方から子供の賑やかな声が聞こえてきた。
誰かが階段を上ってきていることに気づき、ハッとする。バッグを落としてしまっている。