イジワル副社長と秘密のロマンス


「おっ、おっ、お前っ!」


袴田さんが樹君に向かって指をさし、声を上ずらせながら抗議の声を上げた。


「……さっ、三枝さんを……は、離せ……じゃないと……」


しかし、声音はどんどん小さくなっていった。最後の方はぼそぼそとした音になってしまい、全く聞き取れなかった。

そっと私から身体を離し、樹君が袴田さんへと顔を向けた。

苛立ちを露わにしている彼の表情に、袴田さんはびくりと体を震わせ、口を閉じてしまった。


「僕のことで頭がいっぱい? 悔やんで泣いてる?」


樹君に嘲笑われ、袴田さんの顔が色を失くしていく。


「己惚れんな。千花を泣かせているのは俺で、お前じゃない」


ハッキリと断言し、彼の視線が私に戻ってくる。


「……平気?」


そう言って、彼が私の頬に触れる。

涙なんか袴田さんに追いつかれた時点で止まっていたのに、樹君が優しい手つきで涙が伝い落ちたあたりをなぞるから、不覚にも目頭が熱くなってしまった。


「大丈夫……ありがとう、樹君」


樹君には感謝の気持ちでいっぱいだった。

階段から落ちそうになったのを助けてくれたことも、こうして追いかけてきてくれたことも。

胸が詰まって、それ以上何も言えないでいると、階段の下の方から子供の賑やかな声が聞こえてきた。

誰かが階段を上ってきていることに気づき、ハッとする。バッグを落としてしまっている。


< 38 / 371 >

この作品をシェア

pagetop