イジワル副社長と秘密のロマンス
ふくれっ面で文句を言おうとした時、ぬいぐるみを見つめていた樹君がふっと笑みを浮かべた。
穏やかな顔に嬉しそうな笑みを浮かべたから、私は何も言えなくなってしまった。
「行こう」
樹君の左手が私の右手を掴みとり、軽く力を込めてきた。
「……うん」
私は素直に頷き、繋がった手を握り返した。
樹君に手を引かれ、バーに足を踏み入れれば、ピアノの音色が迎えてくれた。
高級感漂うブリティッシュスタイルのインテリアが並び、ぼんやりとしたオレンジ色の照明に包まれた店内は、しっとりと落ち着いた大人な雰囲気である。
場違いなところに来てしまった感をひしひしと感じているのは私だけのようだった。いつも通り、樹君は堂々としている。
「あぁ、藤城様! ご来店有難うございます」
慌てて歩み寄ってきた40代くらいの男性の店員が、樹君に向かって深々とお辞儀をしたのを見て、思わず「えっ?」と呟いてしまった。
「日本にお帰りになられていたんですね」
「はい。先日帰国しました。ご無沙汰しています」
ものすごく丁寧に挨拶されていることにも驚いたけれど、樹君が紳士な物腰で頭を下げ返していることにも驚いてしまう。樹君が樹君じゃないみたいだ。