お口にクダサイ~記憶の中のフレグランス~
私は先生の方が見れずにだまって立ちつくしていた。さっきの事務長とのやり取りを聞かれただろうか。

「クリスマス、会えないんだ、ごめん」
「わかってるよ。今度は誕生日みたいにサプライズはないってわかってるから」

12月はどこも忙しい。別に今住んでいるとはいえ、奥さんとクリスマスを過ごすのだろうか。

踵を返して、私は事務所に戻るからと先生の傍を通り過ぎようとした。

腕を掴まれて、背後から抱き締められる。
「君が好きだよ。それだけは信じてほしい。愛が冷めたわけじゃない」
「・・・信じてるよ。でも、でも、私きっと先生にのめり込みすぎてる。ダメなのに」

ふいに唇を奪われて、やめて、誰かに見られたらと、先生を突き放す。私の好きな香りがその瞬間遠くに行ったことで、涙が込み上げてきた。

「好きよ、大好き」
「わかってる。わかってるよ、クリスマス少しだけでも会いにいくよ」

そっと涙を拭ってくれる。好きで一緒にいる。それだけではない感情に時々支配されてしまう。

もしかしたら、先生もそうかもしれない。

頭で幾ら考えても、結局は本人を目の前にすると自分から去る勇気もなく、また好きになる。堂々巡りの中、ずっとそこに行き着いている。
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