お口にクダサイ~記憶の中のフレグランス~
「大人の包容力か。若い男に勝てるとしたらそこだけかな?」
「そんな事ないと思いますよ。若い男の子より経験とかあるでしょうし、一概には言えないですけど、事務長世代の男性って、まんま家電世代じゃないですか」

「携帯なかったしな。それが何だ?」

「今なら携帯に電話したら、好きな女の子に直接繋がるじゃないですか。家電だとそうは行かない」

「うん。そうだったな」

「勇気を出して彼女の家に電話しても、親が出る。うるさい親なら根掘り葉掘り色々聞いてきた挙げ句、繋いでもらえないとか、電話繋いでもらえたとしても、家族が傍で聞き耳をたてているかもしれない」

「懐かしいな。そうだよ、そうそう。お前どこのどいつだとか、好きな女の子の親父がうるさいのなんのって」

「親とか色んな障害を乗り越えて、彼女に辿り着くわけですよ。そこをクリアするまでのコミュニケーション能力だとか、打たれ強さとか、身に付けれたんじゃないですか?」

「コミュニケーション能力はいいけど、打たれ強いって、それ誉めているのか?」
「誉めてますってば」
そう言い、少しばかりたわいもない話をしていた。

外出する事務長は私に、

「結婚は焦らなくてもいいと思う。大人だし、言わなくてもわかってるだろう。・・・後悔しない恋愛をしなさい」

そう言い残して部屋を出た。

先生との事、知っているのだとわかった。

だから恋愛の話題を口にしたのだ。

やめておけ、とはあえて言わなかった事務長。

その言葉を胸にとどめておこう。

そう私は思った。

< 30 / 184 >

この作品をシェア

pagetop