Open Heart〜密やかに たおやかに〜

社長の隣に控えていた秘書らしき人が少し前に出てきた。

「新規ブランドのプロジェクト自体を白紙にすることに本日決定致しました。従いまして、そのプロジェクトから、イマイングループの傘下に入る予定になっていた宮本縫製工場との契約も破棄させていただきます。違約金等のお話しは、後日正式に行ないますが、お急ぎであれば、当社顧問弁護士を呼びまして第一会議室にてお話しを」

抑揚のない話し方をする人だった。

シュウちゃんも全く聞いていなかった話らしく驚いたような声を上げた。
「そんな話は全く聞いてない。一方的すぎます!新プロジェクトの責任者は俺のはずです」

「全てのプロジェクトにおいて最終決定を下すのは社長です」
秘書が当たり前なことを言わせるなと言いたげに、きっぱりとシュウちゃんに言いすてた。

宮本くんが、のしのしと歩いてきて私の隣に立つ。社長をじっと見つめる宮本くん。


「イマイングループの岡田社長ですよね?」
社長の前に立つ秘書を手で押しのけ、宮本くんは社長の目の前に立ちはだかった。

「そうですが、あなたは?」
いつも通り、社長は落ち着いて宮本くんを見た。


「私は、宮本縫製工場の代表をしています宮本です」

「なるほど貴方が」

「社長!」突然、宮本くんが大きな声を出したので、また暴れたら大変とばかりに、周りにいた社員が宮本くんの腕を押さえた。

押さえられた腕をぶんぶん振り回して、宮本くんは両腕を思い切り振り上げた。

それから、突然宮本くんは床に膝をつき両手も床につけた。
「社長!お願いいたします!今一度考え直してください!この通りです」
叫ぶように言って頭を床に擦り付け宮本くんは、社長に土下座を始めたのだ。

「弱りましたね。頭を上げて下さい、宮本さん」
社長は少し腰を折り、宮本くんの肩に手をかけた。

「いえ、考え直していただかないと、うちは……うちの工場は倒産してしまいます」

宮本くんは頭を上げようとしなかった。
静まり返るフロア内。

「宮本さん、頭を上げてください。俺がなんとかしますから」
シュウちゃんは宮本くんの隣にかけよって来て宮本くんの腕を掴み、なんとか起き上がらせようとした。私も「宮本くん、さぁ立って」宮本くんの腕に手をかけた。

でも、宮本くんは土下座を決してやめようとはしなかった。
「今更、うちのみんなにどう説明するんだよ。イマイングループの傘下に入って、これからは営業をしなくても今まで通りに働けるって、安心していいって!……言っちまったんだから」

宮本くんは、私とシュウちゃんの腕をはらい、床に再び両手をついた。

「社長!どうか専属工場とは言わなくても、定期的にうちの工場に仕事を下さい! こちらのグループの専属工場になる予定でしたから、他の仕事は全て断ったんです! このままじゃ」


必死に訴えながら、ひたいを擦り付ける宮本くんに対して、ため息をついてみせた社長。

「……わかりました、宮本さん。考え直してみましょう。少し会議室で話をしましょうか」

「本当ですか!社長」
社長の顔を見上げる宮本くん。

「ええ、話し合い次第ですね。秀之、おまえも来なさい」

「……はい」
シュウちゃんが頷いて、宮本くんは正座したままで社長に頭を下げた。

「社長ありがとうございます」

「宮本さん、言っておきますが、私はメリットのない取り引きはしません。考え直すかどうかは、あなた達次第だ」

静かな口調でそう言いながら社長は、シュウちゃんと宮本くんを交互に見た。




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