Open Heart〜密やかに たおやかに〜
唖然としたのは、山田課長にキスされた私だけじゃなかった。
一瞬、周りの景色がフリーズした。
そして、マキも宮本くんも、シュウちゃんも止まった。
一番最初に動き出したのは、おそらく山田課長だ。
私の頰にキスを残したあと、ゆっくりと離れていく山田課長の顏をぼんやりと見つめた。
私、山田課長にキスされた。唇ではなく頰にだったが、辺りも暗くなってきている。みんなには、どこにキスをしたとか正確に見えていただろうか?
シュウちゃんが目の前にいるのに。
こんな風になるなんて、思ってもいなかった。私がシュウちゃん以外の男にキスされる場面をシュウちゃんに見られる日がくるなんて想像もしていなかった。
ショックで倒れそうだ。
これ以上、ショックなことが起こってしまわないように、いっそ倒れてしまいたい。
「……うわぁ〜やだなぁ〜! 山田課長ってクールに見えて、やっぱり噂通りの肉食なんですね〜」
凍りついた場を和ませようとするみたいに、明るい声を発したのはマキだった。
「なに、今のキス? まさか、この歳になって同級生のキス場面をガン見する日がくるとは思わなかったなぁ」
宮本くんは、何故か感心していた。
「……」
思った通り、シュウちゃんは何も言わない。
別れたばかりの彼女のキス場面なんて、きっと見たくもなかったはずだ。
どうして、こんな場所で見せつけるみたいにキスなんか!
睨みつけたい気持ちを必死で我慢するために俯いて唇を噛んだ。
見せつける?
きっと、そうだ。
シュウちゃんに見せつけるために私にキスしたんだ。ここまでする必要があったの?
悔しくて腹立たしかった。
元から苦手なタイプの男だったが、やはり今も苦手だ。
「そうだ、これから課長たちもご一緒しませんか? 名案ですよね? 宮本さん」
あり得ない提案をしてきたマキ。宮本くんにとっても良くない提案のはずだ。
断って! 宮本くん。
願うような気持ちで、宮本くんを見た。
「いいですね。俺、実は岡田課長とも一度仕事抜きにして話をしてみたかったんですよ〜」
楽しそうになっている宮本くんを見て、ガッカリしてしまう。
頼みの綱であった宮本くんが、よりによってシュウちゃんと話したかったと言い出すなんて。
「それに……」
宮本くんは、山田課長に視線を向けた。
「宮路が将来の伴侶として選んだ人にも、俺すごく興味あるんですよね〜」
宮本くんの言葉に山田課長は、微笑む。
「興味ですか……それはそれは」
色々な思いを閉じ込めるために、反論もせず、ひたすら我慢していた私。
知らないうちに握りしめていた右手の拳を山田課長の手が包むように覆ってきた。
「!」
驚いて隣に立つ山田課長を見ると、にっこりとした優しげな笑みを見せられてしまう。
すぐにでもふりほどきたい気持ちをなんとか抑えて、私は山田課長の手に繋がれていた。
この状態で、山田課長と一緒に食事する羽目になったら最悪だ。
「興味を持って頂いてありがたいんですが、残念なことに実は、今から大事な少し打ち合わせをかねた会合がありまして」
予想に反して、まだ仕事があるらしい山田課長の言葉に本気でホッとしていた。
「そうなんですか。残念だなぁ。じゃあ、岡田課長は?」
宮本くんに問いかけられるシュウちゃん。
シュウちゃんは、きっと断るはずだ。
別れたばかりの女と楽しく食事するなんて、絶対、嫌に決まってる。
私だって、この状況でシュウちゃんと一緒に食事なんて考えられない。何かを食べるなんて気もちには、全くならない。
忘れなきゃいけない人なんだから、これからはなるべく近づきたくない。
シュウちゃんとは別の人生を歩む、そう決めたのだから。