闇喰いに魔法のキス


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《レイside》



ルミナは、俺の呼び止める声も聞かずに飛び出していった。


俺の頭の中に、ルミナが去り際に放った言葉がこだまする。



“ギル”



体が震えた。

底知れない絶望と焦りが胸に込み上げる。


俺は、ロディに向かって小さく尋ねた。



「なぁ……。

ルミナ、今…“ギル”って言ったよな…?」



ロディは、まだ状況を飲み込めない様子で、「あぁ…。」と呟いた。


その時

ロディが床に散らばった小瓶の破片を手に取る。


そして、愕然としている俺に向かって口を開いた。



「これ、どこかで見覚えがあると思ったら

お前がタリズマンに逮捕された時に酒場に送られてきたモンと同じだ。」






俺は、ロディの言葉に目を見開く。


…ってことは……



「エンプティの仕業か…?」


「まぁ…十中八九そうだろうな。」



っ…!


脳裏に笑みを浮かべた少年の顔がよぎる。



あのガキ……。

ふざけたことしやがって……!


あれだけ釘を刺したのに、ルミナに近づいたのか…!



ロディが、破片を見つめながら低く言った。



「察するに、この小瓶は魔力に反応して開くシステムなんだろ。

俺がやってビクともしないフタをレイが軽々と開けられるなんて、よく考えたら不自然だ。」



…!


確かに…。


ロディは、眉を寄せて険しい顔をしながら言葉を続ける。



「大方、ギルの正体がレイだとバラして、嬢ちゃんにけしかけたんだろうな。

俺がレイに小瓶を渡した時の反応も、そう考えると納得がいく。」



俺は、ロディの言葉に少しの沈黙の後口を開いた。



「……つまり…ルミナは……」



ロディは、俺の言葉の続きを察したように、目を細めた。



「あぁ。…気づいちまったんだよ。

ギルの正体が、お前だってことにな。」



「!!」



どくん!と、鼓動が全身に響きわたった。


体が一気に重くなる。


何か、得体の知れないものに押し潰されそうだ。



…ラドリーさんの闇喰いの過去がルミナにバレた以上、俺の正体はすでに隠す意味はなくなっていた。



全てを話す時が、来たってことか。



俺は、ゆっくりと息を吸い込んで目を閉じた。



「レイ…。」



ロディが、俺の名を呼んだ。


俺は、小さく頷いて歩き出す。



「二人で…話してくる。

その後、エンプティと決着をつけに行く。」



俺の言葉は、静かな酒場に低く響いた。



「レイ。」



俺を呼び止めるような声に、俺は少し振り返る。


ロディは、俺に向かって何かを投げた。



…ぱしっ。



片手で飛んできたものを掴むと、それは小さな通信機だった。



…これは…?



俺が、ちらり、とロディを見ると

ロディはコートのポケットから同じ通信機を取り出して見せながら小さく言った。



「パソコンが無いんでな。この通信機で連絡を取ってくれ。

…酒場の外の車で待ってる。話が終わったら来い。」



「…!…あぁ、分かった。」



ロディは、そのままソファから立ち上がると俺に小さく手を振って酒場を出た。


…気を遣ってくれたんだよな。


俺は、通信機を胸ポケットにしまうと

まっすぐ離れに向かって歩き出した。



…ルミナ。


もう、俺は誤魔化したりしない。


ちゃんと、お前に言うよ。


…俺の想いも、全部。



廊下の軋む音だけが、覚悟を決めた俺の耳に届いたのだった。



《レイside終》

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