S系御曹司と政略結婚!?
「お疲れ様です、副社長」
「お疲れ様です!」
重役用エレベーターを降りれば、鉢合わせた社員による恭しい挨拶責めが待っている。
「こんにちは、お疲れ様です」
にこやかに対応する私も然り、だけど。笑顔を浮かべる度に虚しさが心を埋め尽くしていく。
ただ親のすねかじりで、この“肩書き”があるだけなのに……。
この会社では副社長としてしか見て貰えない。——それも、いずれ跡を継ぐ人間だと。
その傍らでは女性社員が数人で外に出て行く。お喋りをしながら楽しそうで、何気ない光景がとても羨ましい。
もしも、何の肩書きも無い平社員としてみんなと同じように働けたら。
同期と休憩や仕事終わりに集まったりとかちょっとは楽しめたのかもしれない。
無理なことも分かっているし、この環境がいかに恵まれているかも自覚してる。それでも、仲間が欲しいよ……。
「副社長、参りますよ?」
鬼の神野さんが立ち止まっていた私に声を掛けてくる。さっきまでとはまるで違う声と態度で。
じつに優雅な表情を見せる彼に、羨望の眼差しを向けている女性たち。
彼の元に歩み寄りながら、有り得ないこの状況に気が遠くなってしまう。
ヤツは表向き人当たりが抜群に良い。おまけに顔も良いので大変人気があるとか。
それでいて社長秘書を努めてきたエリートとあって、男性社員にも一目置かれている。
評判上々の中でひとり、悔しくて堪らない。はっきり宣言させて貰おう、私は大嫌いだ……!
「副社長、どうかなさいましたか?」
こちらに向けられるこの視線と笑顔が、ただただ憎い……!
羊の仮面を被った狼だと誰も気づかない。それどころか、やたらと熱い視線が降り注がれる。この状況、絶対おかしいよ……!
「……いいえ」
胡散臭い笑顔には素っ気なく対応して、ふたりして正面玄関前につけられていたハイヤーに乗り込む。
隣あって乗車するとドアが閉まり、すぐに運転手さんは静かに発車させた。
出来れば平穏無事でありますように、と願いながら窓の外の景色を眺めていたのも束の間。
「オイ」と、やけにドスの効いた声が車内に響く。
そっと隣に顔を向けると、私の願いはどうやら聞き届けられなかったのだと悟る。
「手古摺らせんなっていつも言ってんだろ。トロトロ歩きやがって」
優しい神様ではなく、“S”神野が降臨するとかどんな苦行ですか。