S系御曹司と政略結婚!?
勢い任せに料亭を飛び出してすぐ、この辺りの地理には疎かったことに気づく。
車で連れてきて貰うばかりの甘い環境に、情けなさと恥ずかしさで涙が込み上げてきた。
「副社長、どうされましたか」
すると、車の中で待機していたらしい西川さんがこちらに駆け寄ってきた。
顔を上げた私を見て、彼は僅かに目を見開く。暴言を吐かれても泣かなかったのに、今は涙でグシャグシャ。
だからこそ西川さんは心配しているのだろう。言葉にしなくても顔が物語っていた。
「お車に戻りましょう」
ふらつく私の肩をそっと支えると、そのまま車まで誘ってくれた。
誰しも一人では生きていけない。それも今の私は、特に誰かの支えなしには立つことも出来ない、とても非力な人間だ。
彼は車内に誘導したあとも車を出そうとせず、そのまま待機している。
車の中にはクラシックの心地よい音色が優しく響き、時おり私の嗚咽が虚しく漏れていた。
この後の予定を尋ねたいはず。それでもバックミラー越しに、こちらを遠慮がちに確認する程度に留めている。
話を聞いて貰って楽になることもあるけど、今の私は混乱していてまともに話せる状態ではない。
それを察して何も聞かない西川さんの優しさに感謝していた。
いつまでも立ち去ろうとしないその車を、影で見つめる人物が居たとも知らずに……。
「西川さん、ごめんね……もう、大丈夫だから」
泣き濡れたハンカチをバッグにしまい、鼻声で遠慮がちに話す。
溜まっていた涙をすべて流したせいか、問題山積みなのに頭の中まで空っぽになれた気分。
「そうですか。こちらをどうぞ」
やっと後部座席へと向いた西川さんが穏やかに微笑むと、持っていたおしぼりを手渡される。
「ありがとう」
程よく冷たいおしぼりを受け取った私は、腫れて重たい目元をクールダウンさせていた。