夜の甘やかな野望
「こういう所でやるのって、珍しいですよね?」
「そうだね。
サキソフォンでバッハのチェロ無伴奏を演奏するんだ。
彼はコンサートホールじゃなくて、こういう石切り場の跡とか、使わなくなった工場とかが多いかな」
LEDのライトの道しるべを辿る。
会場内も限られた照明で薄暗い。
母の胎内に戻ったような場所で聞く、サックスの演奏は不思議な感覚だった。
天から音楽が降ってくる。
「素敵なコンサートでしたね」
「うん。
こんなところまで付き合ってくれてありがとう」
演奏会が終わって、会場から出ながら、倫子は心から言うと、宗忠は静かな微笑を向けた。