エースとprincess
「でも」

 谷口主任はぐんぐん先をゆく。私は大雨で視界の悪いなか、見失わないように早足でついていくよりなかった。

「仕方ないだろこの雨じゃあ」

 けっこうな大声で谷口主任がどなった。

「タクシー待とうにもあれじゃ屋根の下にいけないし、ずぶ濡れじゃあ乗車拒否くらうし」

 滝業……まではいかないけれど、雨の勢いがすごくて打ちつける音や振動が響いていて。駅からの明かりに照らされて飛沫が真っ白にあがっている。シフォン素材のトップスが肌にまとわりつく。薄い生地でも水を吸うと重いんだな、なんて、今思うべきことでもないのに。

「それに……いや、なんでもない」

 振り返いた谷口主任は足を止め、なにを思ったのか抱えていたジャケットを私の肩にかけて寄越した。

「もう今更ですし、いらないですよ」

「遠慮なら自分の格好確かめてからしろよ」

 今日の私は淡いブルーのボウタイブラウスに紺の細いプリーツスカート、グレーのパンプスと肩掛けできるバッグというコーディネイトだったけど主任の言っているのはそういうことじゃなかった。ブラウスの色味と素材だった。裏地つきとはいえ、濡れて透けていた。

「おおう、セクシー!」

「バカ」

 厚意に甘んじることにした。羽織るだけならいいけれど、走るとぶかぶかして肩からずり落ちそうになる。あとは無言で谷口主任の住むマンションに逃げこんだ。
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