エースとprincess
  *


「悪い、助かった」

 頼まれた資料を渡すと、瑛主くんは封筒のなかをざっと見て確認し、腕時計に目をやった。

「まっすぐ帰るんだろ。少し待てるなら昼メシ奢る」

 言うと、返事も待たずに踵を返してしまう。まだミーティングは終わっていないらしい。
 さっきの電話は瑛主くんからで、接客相手に渡すパンフレットが足りないから持ってきてほしいという内容だった。Dホテルの場所は知っていたし、接客相手が遠方から来ているかもしれなくて今を逃したら当社の資料も見ずに他社に発注してしまうかもしれないこともわかっていたから、ふたつ返事で引き受けて飛んできた。

 しばらく振りに来たDホテルだった。こんなことでもなければきっと来なかった。せっかくだから、このあたりでランチを食べて帰ろうと思っていただけに、誘いは渡りに船だった。
 少し歩くことになるけど、このあたり、何軒か安くておいしい店があるんだよねー。もし瑛主くんがまだ知らなかったら、教えてあげよう。

 ホテル内のロビーのソファは誰にも使われていなかったので、隅っこのほうをお借りして浅く腰かけた。社の一番の友人のあきちゃんにアプリで連絡をする。今日は外出していてランチを一緒に食べられません、と送るか送らないかの頃合いに瑛主くんから声をかけられた。
 本当に少ししか待たなかったよ、と笑いながら顔をあげ、私はそのままの体勢で固まった。瑛主くんの横には女性がいた。


「こちらはプラント花菱の亀田さん。えーと、よく一緒になる同業他社さん」

「そんな紹介でいいの?」

 瑛主くんに“亀田さん”が柔らかく笑いかける。

 一緒になる同業他社というのは、同じお客を取り合う商売敵という意味だ。ひとつの結婚式に何社もの花屋はいらない。挙式を予定している新郎新婦に順番にプレゼンをして、選んでいただいている。

 こうしてみると“亀田さん”は小柄な人だった。背が瑛主くんの胸までしかない。ふわふわウェーブのかかった髪を顔がちゃんと見えるように部分的にまとめあげている。グレーのパンツスーツ。パートモチーフのダイヤのペンダントと揃いのピアス。

「これからお昼だっていうからついてきちゃった。私もランチ、一緒にいい?」 

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