エースとprincess
「メシ、食おーぜ。メシ! あっちでボリュームあるもんばっか食ってたら、胃袋でかくなったみたいでさ。食っても食ってもたんねーの。歩いたら腹減ったあ。あと、喉乾かない?」
「喉は乾いたけど……」
私はあっちとやらに行っていないので胃袋大きくなっていないし、そもそもそんなのにつきあえるような関係ではないよね。忘れてないと思うけど今日が初対面だったよね。
——とは言わせてもらえなかった。
「よおっし、決まりっ! じゃあさ、雰囲気いいところと遠いけど肉のうまいところ、どっちがいい?」
「遠いとか無理」
「わかった」
ここにきてサナダさんの足が止まり、ほっとしたのも束の間。サナダさんはこともあろうにタクシーを捕まえようとする。
「はあっ? え、無理無理無理!! なんなの? どこ行く気?」
その一台は先客があったけれど、タクシーは捕まえやすそうな繁華街だから、空車に出くわすのは時間の問題だった。
「ホテルの最上階のラウンジ。夜景が綺麗なんだ。あとメシもうまい」
「メシそんな大事ですか」
「それ、そのノリな」
サナダさんはこちらが面食らうような鮮やかな笑い顔になった。
「いいよ、姫ちゃんて最高」
そして酔った顔を近づけてそうささやいたものだから堪らない。身震いがした私は、拘束されていない反対の手で自分を守るように抱いた。
「どんなに私のこと誉めてくれたって、笑顔を向けられたって、あなたが大きくて屈強な男でしかも私の二の腕を掴んだまま放さない時点で、到底乗り気になれないんですけど」
掴まれている腕を振り切って逃げたとしても、きっと追いつかれる。この靴でも走れるけれど、ストライドの差はどうにもできない。横をただ歩くのだってきつかった。男の足の長さがこんなにも忌々しく思えたのは初めてだ。
様子を窺いつつ、確実に逃げきれるところで逃げに転じるしかない。このへんに交番でもないだろうか。……ないな。
そのとき、腕を掴んでいた手がするりと抜けて私の腰を横から抱いた。