エースとprincess
 さすがにここまでされると本能が危険を知らせてくる。私、女として求められている!

「ちょっ……なっ、困るってば! 私、今、スマホどころか定期もお財布もないし!」 

 こういう危険が迫るとき、どう言って逃れればいいのかわからない。ただ代わり映えのない文句を垂れ流してしまう。

「僕とずっと一緒にいればいいでしょ。ちゃんと家まで送るから」
「じゃあ送れ。今すぐ送れ!」

 強いのは口先だけで、いつからか腰が引けて身体の芯に力が入らなくなっていた。どうなってしまうのかと不安と恐怖がない交ぜになって私に襲いかかってくる。
 その一方で、一縷の望みも捨てきれずにいる。一流大学を出て、いい会社に入っている人が、三十そこそこにもなって、いい加減なことをするだろうか。サナダさん自身が言ったように、本当にごはんを食べて家まで送ろうとしているだけなんじゃ……。

「うん。なら、あのタクシー乗ろうね」

 滑り込むように目の前にタクシーが止まりドアが開く。サナダさんは酔っぱらいを言い含める体で私を詰め込もうとする。抵抗するもむなしく座席に追いやられ、あとからサナダさんが巨体を屈めて乗ってきて、座ると同時に車体が揺れた。閉じこめられて蓋をされたような気分。



『もし変なのに絡まれたら、俺を巻き込むこと』

『少しでも『どうしよう』って思ったなら、躊躇わずに俺に声をかけて』

 瑛主くんは言っていたけれど、巻き込もうにも声をかけようにも遠くまできてしまった場合はどうすればいいんですかね?


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