エースとprincess

 正直、野球のことはよくわからない。ルールくらいしか知らない。だけど、バットを握ってからの瑛主くんの動きはさまになっていた。

「なんか、違いますね」

 思わず言葉が出る。

「派手なのを狙ってやろうとか、かっこいいところを見せようとか、そういった雑念が全然伝わってこない。集中してるっていうか」

「うん、姫ちゃんそれ、最後の一言だけ言えばよかったんじゃないかな。前半のコメント、暗に僕のこと貶してるよね」

「すみませんつい本当のことを」


 フェンスのこちら側で雑談しているあいだも、瑛主くんは来た球をとりこぼしなくバットに当てている。額に流れる汗を腕で拭い、ピッチングマシンを睨みつけては鋭いスイングで打ち返している。
 野球経験という意味では、瑛主くんだって経験者のはずだ。趣味は草野球と言っていたし、部屋に泊めてもらった翌朝も練習があるといって出かけていた。好きでこつこつ努力していることを、言葉ではなくこういった結果で見せてもらえるのは嬉しかった。私がナオのところに入り浸っていたのはそういう理由もあったんだ。

 結果から努力が垣間見えるということ。
 そういう人のそばにいて自分も成長したいということ。

 見つめる先、バッターボックスにいる瑛主くんの口元に時折笑みが覗くようになった。そして打つまえには再び一文字に硬く結ばれている。楽しそうでそれでいて真剣な表情。私は打席が終わるまでのあいだ、その場から一歩も動かなかった。

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