傷痕~想い出に変わるまで~
駅までの道のりを二人とも黙ったままで歩いた。

光の手は私の手を握りしめていた。

手を離すと何度も見た夢みたいに瑞希が消えてしまいそうで怖いんだ、と光は言った。

駅のそばまで戻ってきた時、光は私の顔をじっと見つめた。

「また会ってくれる?」

うつむいたまま返事もできず、握られた手をそっとほどいた。

「…帰るね。」

「俺は瑞希に会いたい。だから誘うよ。」

「…おやすみ。」

目をそらして光に背を向け、自動改札機を通り抜けた。

昔は振り返って笑って手を振ったけど、今日は振り返らずに真っ直ぐ歩いた。

二人で会った帰り際のこんな小さなことでさえ、あの頃と今では違うと思い知らされる。

電車に乗って窓から真っ暗な景色を眺めた。

どちらともハッキリ答えられないのは私の心に迷いが生じているからなのか、それとも同じ失敗をくりかえすことを恐れているからなのか。

離婚して5年も経ってからあんなこと言うなんて。

私も光もあれから一歩も前には進めていないんだ。

同じ場所で何度も足踏みをして、新たな一歩を踏み出すことをためらって。

後戻りはできないと言いながら、ずっと後ろばかり振り返っていた。

後になって悔やむから後悔って言うんだよね。

私の一番の後悔はなんだろう?

光と向き合わなかったこと?

それとも去っていく光を引き留めなかったこと?

もし今、再び差し出された光の手を取らなかったら後悔する日が来るだろうか。

それは後になってみないとわからない。

今はただ、どちらに進めば後悔しないのかと迷いながら、目の前の分岐点に戸惑っている。





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