むらさきひめ~死にたがりの貴方へ

しきメール6

「やれやれ、めんどくせーな」

 溜め息をつきながら、青年が僕のわきを過ぎていく。
 彼女と並んで、僕の前に立った。

「シロ」

「はいはい」

 何時の間にか、僕のとなりに来ていた少年。彼が、彼女の振り向かないままの言葉に答える。

「彼を、お願い」

「りょーかい」

 場違いに、陽気に返事を返す少年。

「で?」

 青年が、彼女に声をかける。

「また、いつもの通りか?」

「ええ」

 その小さな背中が頷く。

「わたしが、理解するまでは手を出さないで」

「ったく、毎度ながらめんどくせーな。力押しで、片付けちまえばいいのにさ」

「主義じゃないの」

「はいはい、仰せのままに。主殿」

 僕には飲み込めない会話を交わすふたり。状況は、僕を置き去りにして進んでいく。

「あなた……何?」

 真っ赤な瞳の少女が、今ようやく気付いたとばかりに彼女に意識を向けた。ぞっとするような、氷の声だった。

「わたしは、彼を迎えに来たの。邪魔をしないでもらえるかしら?」

「悪いけれど」

 彼女は、悠然と踏み出しながら、

「――邪魔をするわ」

 静かな声で、そう宣言した。
 

 その時、彼女の小さなはずの背中がとても大きく見えた。
 彼女は、僕を護ろうとしているんだって。
 それだけは、わかってしまった。
 

 ふたりの少女が、対峙する。
 赤い瞳の少女の手に、何かが現れた。
 まるで手品師か何かみたいに、両手の間をばらばらと浮遊する何枚ものカード。

「刻まれなさい!」

 少女が叫んで、手をかざす。
 四方八方から、カードが彼女――死姫に襲いかかる。

「…………」

 死姫はただ、立ち尽くすだけ。彼女を包み込むカードが、鋭い刃みたいに切り刻んでいく。
 当然のように、けれども、彼女の存在を思えば意外に思ったほうがいいのか。
 彼女の手足を切り裂いて、赤いものが飛び散った。
 ひとしきり彼女のまわりを渦巻いて、カードは少女の手元に戻っていく。その帰り際、カードの絵柄がふと視界をよぎった。スペードのエース。それは、トランプだった。

「何のつもり?」

 五十三枚の刃を手に、少女が口を開く。
 僕も、同じ気持ちだった。
 どうして、死姫はそのカードの渦をよけようともしなかったのだろうか。
 まるで、わざわざ攻撃を受けたようにも見えた。
 裂かれたセーラー服と、身体の傷が立ちどころに消えていく。
 飛び散った血も、霞みの如くかき消えてしまっていた。

「…………」

 少女の問いには答えず、たたずむ死姫。
 少女は鼻を鳴らして、今一度トランプを放つ。
 また、同じ。
 トランプは死姫を切り裂いて、持ち主の元に戻る。
 受けた傷も、またすぐに消える。
 切り裂いて、戻る。
 傷は、癒えていく。
 
 
 そんなことを二度、三度と繰り返した。


「あなた、何がしたいわけ?」

 何をするでもなく、死姫はただ攻撃を受けるだけ。少女の声に、苛立ちが浮かんだ。

「どうして……!」

 たまらずに、僕も声を上げていた。傍らの少年……シロと、目の前に立つ青年に呼びかける。

「ねえ……あの子、このままじゃやられちゃうんじゃないのか? どうして、黙って見ているんだよ!」

 傷らしい傷はなくても……すぐに癒えてしまうから。
 僕には、少しずつでも彼女が弱っていくように見えた。だから、そんな彼女を前に何もしようとしないふたりに声を荒げてしまう。

「ああ?」

 青年が振り返る。
 彼は僕をまじまじと見てから、意地悪く笑った。

「だったら、おまえがどうにかしたらどうだよ?」

「……!」

「主殿がかわいそうだと思うならな」

「…………」 

 僕は、うなだれる。
 ふん、と鼻を鳴らす声が耳に届いた。視界の脇に入ったシロは、にこにこと笑うだけ。僕は、ぎりっと歯を噛んだ。
 そうして。
 また、彼女が攻撃を放つ気配を感じる。
 放たれたカードが、死姫に向かう。また、彼女を切り裂く。

 その傷はすぐになくなっても、きっと痛いはずだ。あれだけ切られて、何ともないはずがないじゃないか。
 それは、僕のせいなのか?
 僕が、呼んだから? 死姫と赤い瞳の少女。どちらを呼んだのか。状況すらも、よくわからない。
 でも、死姫がそんな目にあっているのは、少なくとも僕に責任があるように思えてならなかった。僕のせいだと思えてしまった。

(僕の、せいなのか?)

 僕が、悪いのか?
 僕の、せいで。
 僕が、彼女を今苦しめているのだろうか。

「く……」

 僕は、咄嗟に飛び出してしまった。

「そ、おおおっ!」

 ふたりが息を飲むけれど、そんなものは耳に遠い。僕は両腕を交差させて、それを盾みたいにして飛び込んでいく。

「え?」

 驚きの声を漏らす死姫。どこかきょとんとした顔が、不思議なほど印象的だった。
 構わず、僕は突っ込んでいく。
 自分でも、よくわからなかった。怖くなかったわけじゃない。
 怖くて、足がすくんで、今にもへたり込んでしまいそうで――それでも、どうしてか、そのままではいたくなかったんだ!


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