鬼上司は秘密の恋人!?
 
ちがう、そんなわけない。そう叫びたかった。
石月さんのことが、好きで好きで仕方なかった。
意地悪なところも、ぶっきらぼうなところも、わかりづらく優しいところも、全部。

でも、そんなこと言えるわけない。

「……嫌いです。石月さんなんて顔もみたくなかったから、家を出たんです」

ぎゅっと目をつぶりながら、必死にそう言葉を絞り出す。
心がギシギシと軋んだ音をたてた。
体の内側が擦り切れて、血が滲むように痛い。

必死に歯を食いしばり、泣き叫びたい衝動をこらえていると、不意に耳元で石月さんが小さく笑った。
ふわりと吐息が鼓膜を震わす。

『お前、ほんと嘘つくのヘタ』
「……え?」

優しくそう詰られて、それまで止まらなかった体の震えが急に止まった。
ぽかんとしている私に、石月さんが優しい声色で言葉を続ける。

『お前が俺を騙そうとするなんて、百万年早いんだよ』
「百万年って……」
『いっつもあんなキラキラした目で俺のことを見てたくせに、今更『嫌いです』なんて言われて誰が信じるか、バカ』
「バカって……!」

びっくりして目を見開く。そんな私に石月さんはクスクス笑いながら続ける。

『わかりやすすぎるんだよ、お前は。毎日俺が帰ってきたら、嬉しくてたまらないって顔して玄関まで走ってきて、残業で遅くなるって電話したらあからさまにがっかりした声だして、人の言葉にいちいち飛び上がったり真っ赤になったり簡単に振り回されて、人のことが好きで好きでたまらないってオーラ出しまくってんのに、まったく自覚ねぇし』
「そんなこと……!」

ないです、と言おうとしたけれど、まったくその通りなので頬を膨らませて口をつぐむ。
< 166 / 199 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop