鬼上司は秘密の恋人!?
「痛い! すいません石月さんっ! 石月さんのお陰で助かりましたっ!」
鳴瀬さんは石月さんの蹴りから逃げ回りながら慌ててお礼を言った。
「俺のじゃねぇだろ! 川村さんのお陰だろうがっ!」
「はいっ!」
「だったらなにこんなところでのんびりしてんだ! おっかけてちゃんとフォローしてこい!」
「はいぃっ!」
「それから、今度うちの雑誌に配属されたのが挫折のひとつだなんてふざけたこと言ったら、ぶっ飛ばすからな!」
容赦なく怒鳴りつけられた言葉に、鳴瀬さんが石月さんを振り返る。
「それは大丈夫です。もう挫折だなんて思ってませんから」
力強くそう言った鳴瀬さんに、石月さんは意地悪く笑った。
「鳴瀬くん」
それまで黙っていた編集長が口を開き、鳴瀬さんがはっとして顔を上げる。
「雑誌が売れるか売れないか、責任と取るのは編集長の私の役目です。君は執筆者を不安にさせるんじゃなく、いつも味方になって信頼される編集者になってください」
「はい」
そう言われ、鳴瀬さんはその言葉を噛みしめるように深く頷く。
「じゃあ、さっさと行ってこい」
「はい!」
石月さんの言葉に力いっぱい頷いて、弾かれたように走り出す鳴瀬さん。
その背中を、編集長が優しく微笑みながら見ていた。
遠くなっていく鳴瀬さんの靴音を聞きながら、私はほーっと息を吐き出した。
編集部の空気に圧倒されて立ち尽くす私に気づいた徳永さんが、耳元で小さく笑う。
「うちの編集部は、飴とムチだから」
徳永さんの言葉に、なるほどと頷く。
いつもニコニコ優しい編集長と、威圧的で口の悪い石月さん。
石月さんが容赦なく激を飛ばし、編集長が一言フォローする関係。
うまくバランスが取れてるんだなと感心した。