鬼上司は秘密の恋人!?
 



「あー、くそ。ナスの煮浸しが食いてぇ……」


突然聞こえだした不機嫌なうめき声に、ぎょっとして振り返ると、石月さんがデスクにつっぷしていた。

「ぶり大根に豚汁、肉じゃが、揚げ出し豆腐、だし巻き卵、高野豆腐の煮物……」

デスクに顔を伏せながら、長い足を投げ出しガンガンと乱暴にデスクの足を蹴る。
まるで大きな子供が駄々をこねているような姿だ。さっきまでのキリッとした仕事ぶりとは別人だ。

「あー、またはじまった」

驚く私の横で、徳永さんがそう言って笑う。

「な、なんですかあれ。呪文でも唱えてるんですか?」
「石月さん、疲れが限界までたまると、ああやって食べたいものをつぶやき続けるんだよね。あれが始まるともうすぐ入稿時期だなぁって思うよ」

どうやら毎月恒例らしい。

「鶏のみぞれ煮、てんぷら、ひじきの煮物……」

まだまだ続く石月さんのひとり言。
こうやって料理名を羅列してくれると、毎晩の献立に困らなくていいかも。

じゃあ今日はナスの煮浸しと具沢山の豚汁にしようかな。
それだけだとお肉好きの祐一には少し物足りないだろうから、チーズ入りと大葉入りのササミフライも作って、明日のお弁当にも入れよう。

そんな事を考えながら、苦笑する。

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