二階堂桜子の美学
第二十四話 作戦

 龍英の謝罪により美和と早百合は再び桜子の擦り寄ってくる。我が身可愛さで避けていておいて、都合が良くなると何事もなかったかのように振舞う。浅はかだとは感じつつも、無下にもできず桜子は普通に受け入れた。
 この際に椿も合わせて迎え入れようと考えていたが、椿の方は相変わらず桜子を避けておりなんともならない。
 一方、龍英の方は大人しく入院し姿を見せない。代わりと言ってはなんだが、風虎が四六時中桜子の側におり美和たちも扱いに困っていた。
 下級生とは言え上杉家の一員ともなると変なことも言えず、当たり障りのない対応しかできない。一度、なぜ頻繁に教室に来るのかを問うたところ、明言は避けたもののほんのり頬を赤らめたため、龍英の側に居たくて来ているのだと推測する。

 一カ月後、夏休みを前日に控えクラス内が浮つく中、桜子は椿をじっと観察する。瑛太と付き合っていると言われた日以降、一切会話はなく二人の動向が気になって仕方がない。もし、椿と瑛太の仲がラブラブであれば桜子に入る隙間などはない。携帯電話で話した内容を椿が知っている可能性もあり、その点を考慮すると迂闊に動けない。
(夏休みに入ったら、まずミルキィの盆休みを調べる。そして、その休みに合わせて軽井沢の別荘に行く。後は瑛太君が待ってくれているかどうか。でも、この部分は賭けになる。裏のメッセージに気付いてくれているかどうか、そもそも気付いていたとして来てくれるかどうか。本当に運任せの要素が強い。そして何より気をつけなければならないのが綾乃の存在。ミルキィの調査はもとより、軽井沢での行動には細心の注意が必要だ。自然な形で避暑に行くという感じでなければならない)
 真剣な表情で夏休みの作戦を考えていると、数日前に退院した龍英が目の前にやってくる。
「桜子さん。ちょっといいかな?」
「ええ、なに?」
「良かったらだけど、携帯の番号、教えてくれないかな?」
「姉から聞かなかったの?」
「聞いてないよ。当時は聞くまでもなく付き合えると思い込んでたからね」
「自信過剰ね」
「返す言葉もないよ」
 穏やかな表情を見せる龍英を見て桜子は携帯電話を取り出す。
「通信で番号とアドレス交換しましょう。その方が早いわ」
「うん、ありがとう」
「念の為……、いえ何でもないわ」
「何? 隠さず言ってよ」
「アドレス等を他人に教えないでね、って言おうとしたけど、冷静に考えると私を独り占めしたい上杉君が、私のアドレスを他人に漏らす訳がないなって考え直しただけ」
「そりゃそうだ。絶対教えないよ。このアドレスは僕にとって宝物みたいなもんだし」
 本気でそう思っているのか、交換が済むと嬉しそうにする。先月の件で龍英は桜子に頭が上がらず打って変わったように丁寧で親切な対応をする。風虎に言わせると、昔の兄さんに戻った感じとは言っていたが、桜子からすると変わりすぎて少し怖いくらいだ。
 そう評した風虎は一足早い夏休みを取り、オーストラリアへとホームステイに行った。毎日付きまとい弟のようで妹のような存在であっただけに一抹の寂しさがある。
(それにしても上杉君、ホント変わったな。恋心は全く無いけど、わりと信用できるかも。そうだ!)
「上杉君、終業式が終わったらちょっと時間貰えるかしら?」
「えっ! も、もちろん! 桜子さんの誘いならそこが南極でも飛んで行くよ!」
「いや、学校の屋上でいいから。普通に待ってて」
「了解!」
 子供のように無邪気な笑顔を見て少し心苦しくなるが、気持ちを割りきり思い描く作戦に挑む決心をしていた――――


――放課後、二人きりの屋上で龍英はどこか緊張している。桜子もこれから語る内容とその返答によっては計画が頓挫することになり、語ることに一部の迷いがある。
「最初に、私から聞きたいことがあるんだけどいいかしら?」
「もちろん、なんなりと」
「私の姉とは連絡取ったりしてる?」
「お姉さん? いや、パーティーで話して以来かな? 連絡先は交換したけどね。なんで?」
「とても重要なことなんで。本当に連絡は取ってないのね?」
「本当だよ。桜子さんに嘘はつかない。恩があるし嫌われたくないからさ」
「そう。じゃあ、もう一つだけ聞かせて。貴方は自分で自分が信頼できる人物だと思う?」
「何か哲学的と言うか心理テストみたいだね。まあ、答えはイエスかな。あんな事件を起こしておいてなんだけど」
「信じていいのね?」
「桜子さんが何を意図して聞いているのか分かりかねるけど、少なくとも桜子さんを裏切ることはないと断言できる」
「分かったわ。じゃあ、貴方を信頼して話す。当然ながら今から話すことは他言厳禁でお願い」
「了解」
 一息吐くと桜子は覚悟を決めて口を開く。
「私は姉から監視されてるの。通話記録、メールの内容、ネットの閲覧履歴、GPSでどこに居るかまで。室内も盗聴されていると思う」
 桜子から語られる言葉に龍英は驚愕している。
「教室は盗聴の可能性が五分五分。屋上ならまず大丈夫だと思ってここにしたの」
「そっか、なんか凄い話だね。ウチは放任主義で自由にやらせてもらってるけど、桜子さんのところは異常かも」
「うん、姉は私を都合のいい人形か何かと勘違いしてる。小さい頃は尊敬してたし、厳しい教育があったからこそ今の私があるのも理解できる。けど、このままじゃ私は籠の中の鳥と一緒。自由がない」
「なるほど。で、お姉さんを殺してしまおうと?」
 桜子の冷たい目を見て龍英は焦る。
「冗談だって。で、本当のところどうしたいの?」
「一時間、この携帯電話を持って図書室に居て欲しい」
 差し出される携帯電話を龍英は受け取る。
「男に会うんだろ? 確か真田だったっけ?」
(うっ、鋭いな。でも、ここは嘘をつき通さないと)
「違うわ。買い物がしたいの。秘密の買い物」
「GPSで辿られないようにして買い物、か。で、あたかも図書室で僕と居たかのように工作すると。よく考えてるね」
「お願いできるかしら?」
「もちろん」
「ちなみに、なにか見返りが必要?」
「リクエストしていいの?」
「程度によるわね」
「夏休みにデートはダメ?」
「分かったわ。約束する」
「ホント!? ギブアンドテイクだね。じゃあ、僕は図書室で待ってるから、心置きなく買い物しておいでよ」
「ありがとう、一時間以内には帰ってくるからお願いね」
 龍英に告げると桜子は小走りで屋上を後にする。桜子の携帯電話を片手に龍英は佇み考え込む。
「桜子さん、わりと甘いな。綾乃さんの言った通りだ」
 そう呟くと龍英は自分の携帯電話を取り出した。

< 24 / 40 >

この作品をシェア

pagetop