二階堂桜子の美学
第二十五話 機微

 監視カメラと尾行を避けるためタクシーで原宿まで行くと、若者の服を調達しトイレで着替えた。ミルキィの近くまで来ると、真面目そうな中学生に声を掛ける。
 マカロン代を出し、それを奢る代わりに夏休みの休業日を聞いてもらうように依頼すると、快く引き受けてくれる。店長に片思いをしていて直接聞けないと付け添えると、中学生はちょっと嬉しそうにしていた。
 椿や綾乃に警戒しつつ離れた位置で待っていると、しばらくして中学生が帰ってくる。休業日を書いたメモを渡されると、瑛太本人が書いてくれたと言っており、桜子も嬉しくなる。トイレで再び制服に着替えると、調達した服とメモを全てゴミ箱に捨て再びタクシーに飛び乗る。
(休業日は頭にインプットした。後はこの日を狙って軽井沢に行く段取りを付けるだけだ。願わくば綾乃がいない方がいいけど、基本綾乃も軽井沢に居ると考えて慎重に行動した方がいい)
 ぶつぶつ言いながら作戦を練っていると、あっと言う間に学校に到着し意気揚々と図書室に向う。一時間と言ったものの、それよりもだいぶ早く帰って来られて安心する。
 龍英を探すように図書室を見回すと、奥のテーブルにみつける。しかし、その隣には予想もしてなかった女性が座っていた。
(綾乃! なんでここに!? まさか、上杉君が裏切った?)
 恐怖と絶望感が入り混じる複雑な気持ちでテーブルの前に行くと、綾乃が話し掛けて来る。
「あら桜子、戻ってきたのね。ダメじゃないの。大事な携帯電話を忘れて帰るなんて」
「えっ?」
「上杉君から聞いたわよ。貴方達、最近仲が良いんですって? 仲良くなるのはいいけど、携帯電話を忘れるほどたるんではダメよ?」
「は、はい」
「桜子が取りに戻ったのなら私は用済みね。後は若い者同士楽しく過ごすのね。じゃあ、上杉君、桜子を宜しく」
「はい、綾乃さん」
 綾乃が図書室を後にすると、桜子は龍英に問い詰めたい衝動に駆られるが、冷静に屋上へと誘う。到着するなり、桜子は血相を変えて詰め寄る。
「どういうことか説明して」
「僕が綾乃さんを図書室に呼んだんだ」
「その理由よ!」
 激しい語気に龍英はたじらぎながら答える。
「お、落ち着いて。呼んだのは桜子さんを守るためだって」
「どういう意味?」
「甘いんだよ。作戦が」
 訝しがる桜子に龍英は説明する。
「携帯電話の追跡機能とは別の手段で桜子さんを監視していた場合と、偶然街中で綾乃さんに会った場合は考えてた?」
「ええ、だから買い物のときは変装してたわ」
「見抜かれない自信はあった?」
「それは、たぶん……」
「変装をどこでしたかは知らないけど、必ず制服姿に戻って行動する時間があったはずだよ。そのとき綾乃さんとバッタリ会うことも考えられた」
(それは確かにある)
「それと呼んだことと、どういう関係が?」
「桜子さんが携帯電話を忘れて帰宅したと連絡すれば、綾乃さんは必ず取りに来ると思った。監視しているツールで一番重要なアイテムだからね。つまり、綾乃さんを図書室に縛りつけることが出来るって思ったのさ」
(なるほど、そういうことか)
「図書室にいる以上、桜子さんと綾乃さんが街中で会う可能性は0。変装は推測してたけど、万全を期するなら呼んで綾乃さん動向を把握しとくのが一番だと思ったんだ。上杉家の御曹司ということもあって、綾乃さんも僕のことは信用してるみたいだし」
 龍英の説明に桜子は頭を下げる。
「ごめんなさい。そして、ありがとう。そこまで考えてくれているとは思わなかった」
「どう致しまして。はい、じゃあこれ返すよ」
 差し出された携帯電話を桜子は申し訳なさそうな顔で受け取る。
(一時でも上杉君を疑った自分が恥ずかしいわ……)
 目線を合わせずにいると龍英から話し掛けてくる。
「買い物はできた?」
「ええ、お陰様で」
「そっか、少しでもお役に立てたのなら良かった。これからも何かあったら気軽に相談してよ。力になるからさ」
 爽やかな笑顔で言われ、桜子はドキッとする。今まで全く意識してなかった相手だが、ここまで親切にされ何も感じないほど鈍感ではない。
(予想以上の変貌ぶりで正直びっくりするわ。付き合えないと言ったけど、瑛太君に会っていなかったらちょっと気持ちが揺らいでいたかもしれない)
 気持ちの機微に戸惑いながらも表情には出さず、嬉しそうに微笑む龍英を見つめていた。


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