次期社長と甘キュン!?お試し結婚
「そうですか。でも今日は晶子さんとお会いできて嬉しいですよ」

「ありがとうございます」

 本人ではなく、頭を下げてお礼を言っているのは麻子叔母だ。そして私にとっては、お世辞にも楽しいとは言いがたい会食も、一段落ついたところで叔母が「あとは若いお二人で」と定番の文句を告げて席を外していった。

 ふと彼の方に視線を向けると、先ほどのにこやかな表情は消え去り、どこか冷めた目でこちらを見ていた。

「妹の方じゃないのか」

 ぽつり、と呟かれた一言だけが静かな部屋に響く。

「まぁ、そうなりますよね」

 すると彼は目を丸くさせて、まるで得体のしれない生き物でも見るかのようにこちらを凝視した。

「怒らないのか」

「怒って欲しいんですか?」

 虚を衝かれてなにも言わない彼に対し、私は苦笑しながら、軽く頭を下げた。

「すみません、最初から妹も母もその気はないんです。とりあえず孫娘に会ったけれど、それ以上はない、ということでお祖父様にお伝えください」

「それなら、どうして申し出があった時点で、この話を断らなかったんだ?」

 色々話したけれど、初めて素の彼とやりとりしている気がする。それがこんな会話なんてどこか滑稽だ。

「折角のお話を無下にして、あなたと、あなたのお祖父様に恥をかかすのも、申し訳ないですし。それに」

 私は着物の上前を押さえながらゆっくりと立ち上がり彼を見下ろした。

「約束を叶えられないにしろ、孫同士会うだけでも、祖母には手向けになったと思います。なにより、祖母の形見の着物を箪笥の肥やしにしておくのも勿体なかったので」

 なかなか祖母が残してくれた着物を着る機会もなく、もしもお見合いするなら、この着物を着てみようと決めていた。少し足が痺れているが歩けないほどでもない。私は改めて丁寧に頭を下げると、その場を後にした。
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