次期社長と甘キュン!?お試し結婚
『もうすぐ帰るから、待っていてほしい』

 改めて強く言われて私は少しだけたじろぐ。

「そんな、無理しなくても」

『俺からの連絡をずっと待ってくれてたのに?』

 なんとなく電話口の向こうで彼が意地悪く微笑んでいるのが簡単に想像できた。最初に早いな、と言われたのはそういう意味だったのか。理解すると同時に私は反射で否定の言葉が出ていた。

「違う! 待ってない。あまりにも遅いから、電話しようと思ったの! そうしたら、ちょうど着信があって、だから」

 悪いことをしたわけでもないのに、必死に言い訳する自分の姿が滑稽だ。それでも、直人はそんな私の言い訳をあえて突っついてくるような真似はしてこなかった。

『それはタイミングがよかった』

 相変わらず、笑みをたたえているのが、穏やかな口調から窺える。おかげで私はまだ溢れでそうな言い訳の言葉をぐっと抑えた。本当は連絡を待っていた。でも、私だって連絡をしなかったのだから、おあいこだ。けれど

「ちゃんと待ってるから……早く帰ってきてよ」

 消え入りそうな声で呟いてから、はたと思い直した。これは、まるで恋人に言うような台詞だ。
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