イケメン富豪と華麗なる恋人契約
たかが眼鏡と言いたいが、彼のような人が使っている眼鏡だと、何十万円もするブランド品のような気がする。
だが、たとえどれほど高額であろうと、祖父の財産さえ相続すれば簡単に支払える額に違いない。
おそらくは、それすらも彼の計算なのだ。

日向子はそんなふうに思ったが……。彼は、『相続すれば賠償金など簡単には払える』とは言わず、思いもよらない行動に出た。

くいと顎を持ち上げられ、上を向かされた瞬間――。

日向子は千尋にキスされたのだ。

日向子の唇の上に、形のよい唇が重なり、強く押し当てられる。彼女は目を見開いたまま、閉じるという考えも浮かばず、思考も呼吸もストップしてしまう。

一分くらい経った気がした。
だが実際は、十秒程度だったのではないだろうか。

彼の唇が離れていき……日向子は深呼吸する。


「予想どおりのかわいらしい唇だ。これで、貸し借りゼロですね。では、次は相続に関する書類を用意した上で、お迎えに上がりましょう」


千尋はなにもなかったような顔をすると、サッと踵を返して階段のほうに向かう。だが、途中でピタッと足を止め、こちらを振り返った。


「ああ、もちろん、“夜”の仕事より“社長業”は、はるかに高収入ですよ」


彼はこれ以上ないほど愉快そうに笑ったあと、軽快な足音を響かせて階段を下りて行った。

日向子はひと言の文句も言えず、呆然と千尋の後ろ姿を見送る。

そして足音すら聞こえなくなったとき……。


「わたし……しゃ、社長に、なるなんて、言ってませんからっ! 迎えにきたって、行きませんからねっ!!」


ようやく叫ぶが、届くはずもなく。


(かわいらしいって……貸し借りゼロって……ファーストキスだったのにっ!)


それはさすがに声には出せず、日向子は心の中で叫んだのだった。





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