イジワル御曹司に愛されています
「初めてなら初めてって言えよ…」

「違うの、完全に初めてってわけじゃなくて、だから大丈夫かなって」

「なにそれ、どういう状況?」


訝しげに眉をひそめられ、いたたまれず、向こうの胸に顔を伏せる。

大学のとき、未経験のまま社会に出るのがはたしてありなのかと思い悩んだ私は、ある飲み会で酔っ払い、その不安をそのまま口に出した、らしい。

さいわいOBの先輩にいい人がいて、『俺でよければ』と言ってくれたのでふらふらついていくも、痛くて途中でリタイヤ。その後なにもなし。


「…というわけで」

「その先輩は確実に"いい人"じゃないし、ついてったお前も信じられないくらいバカだし、つまりそれ、まだ処女だったってことだし」


えっ、そうなるかな…。私としては、ぎりぎり経験済みを気取ってこれまで生きてきたんだけれど…。

都筑くんが私の背中をぽんぽんと叩いて、疲れたため息をつく。


「もうびっくりして、そっちの欲求、全部どっか行きそうになった」

「ごめんなさい」

「謝らなくていいけどさ。よく持ち直したよ俺…」


慰め役を買って出ておきながら、この体たらく。穴があったら入りたい。


「ごめん、気をつかわせて…」

「いいって、俺からしたら、ラッキーっていうか、嬉しいし」

「そういうもの?」

「うん」


汗でしっとり濡れたシーツに横たわって、片手で頭を支えて。私の身体に乗せたほうの手で、頭をなでてくれる。からかっているふうでもなく、子供扱いしているふうでもなく。ただ愛おしんでいるようなその仕草に、私は戸惑った。

不意打ちで、ささやきみたいな淡いキスをこめかみに落としてくれたりするものだから、なおさら。


「身体、大丈夫だった?」

「うん、あの、都筑くんがそうっと? してくれたおかげで」


実のところよくわかっていないながらも、恥ずかしさに焦りつつ答える。優しい目つきで私を見つめていたかと思った都筑くんは、器用にその微笑みを、なんだか悪いものに変えてみせた。
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