イジワル御曹司に愛されています
──好きなの、都筑くんが。


千野の震える声を聞いたとき、目の前が真っ暗になった。

やってしまった。

とんでもないことをしてしまったのだ、自分は。

喉がからからに渇き、言葉がひとつも出てこない。見るからに必死に気持ちを伝えてくる千野に、なにひとつ返せない。

とりあえず、それはダメだということをなんとか伝えたはずだった。気がついたら逃げるように駅に向かっていたので、いまひとつ自信がない。

心臓が、身体を内側から殴るように激しく鳴っている。動転のあまり息を切らして、ぎりぎりのところで電車に飛び乗った。

帰宅時間帯の車内は、仕事帰りらしい人々でやや混んでいる。ドア横が空いている場所を見つけ、そこに身体を落ち着けると、こわばった息を吐いた。

バカだ、千野は。

どうしようもないバカだ。

一度抱かれたくらいで、相手を好きになるとか、どれだけ素直なんだ。どれだけ慣れていないんだよ。そんなんで、あんなふうに身体張って人を慰めるとか、やめろよ。もう少し慎重になれよ。

嬉しがっている自分もバカだ。また言わせたんだぞ。千野が言わなくてもよかったはずの言葉を、また言わせたんだ。あのころと同じように、自分のわがままと無思慮と、無神経が原因で。

窓の外は暗く、ガラスに名央の顔が映る。目をそらしてうつむいた。

どうかなりそうなくらい嬉しい。

でもダメだ。

千野はバカだ。


* * *


小さな駅を出ると、頭上には夏の青空が広がっていた。

少し移動しただけで、ずいぶん空気が違うもんだな、と見知らぬ土地の匂いをかいだ。


「都筑くん、こっち!」


声に振り向くと、千野が駅前のコンビニから出てきたところだった。手に下げたビニール袋から、がさごそとなにかを取り出しながら駆けてくる。


「あんまり暑いから、これ食べながら歩こうと思って、はい」


くれたのは棒アイスだった。

これ食いながら歩くって、高校生か。
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