イジワル御曹司に愛されています
「サンキュ」

「おうち、どう? 出かけちゃって平気だった?」


陽一の新盆であるこの夏休み、名央の家には通夜以来で親族が集まった。もちろん怜二もいて、場は不思議な緊張感に包まれていた。

親族の男性はほとんどが、名央たちの会社もしくは関連企業に勤めている。なんとなくながらも怜二の所業は伝わっており、誰もが彼に警戒しているのが感じられた。

当の本人はどこ吹く風で、線香代わりと言って遺影の前で煙草をふかしていた。陽一も無類の煙草好きだったのだ。


「思ったより平気そう」

「そうなんだ?」

「俺がね、っていうか親父を慕ってたメンバーが、叔父さんへの切り札を持ってるってことが、どうやら広まってるらしくて」

「じゃ、叔父さんもあきらめモード?」

「そんな簡単な人じゃないけど」


相変わらず素直な千野に、つい笑ってしまう。

けれどまあ、状況は以前より悪くなることはないだろう。監視の目を気にして悪だくみがおとなしくなると、今度は怜二の仕事の手腕が際立つ。要はその状態を維持すればいいのだ。

地元が同じといっても、名央の実家から千野の実家までは、ローカル線で小一時間かかる。ここよりは市街地に近いところに住んでいた名央は、こんな駅があったのかと、文化遺産にでもなりそうな古びた駅舎を興味深く眺めた。

千野はアイス片手に、「こちらです」と名央を案内しはじめる。今日は『寿の街歩き・地元編』なのだ。


「あの人も、親父と同じで、あきらめ悪い血が流れてるからなあ。親父なんて余命宣告受けてから、その余命の10倍くらい生きたんだぜ」

「都筑くんもあきらめ悪いもんね」

「俺はそんなことないよ」


えー?と疑わしそうな声をあげながら、千野がこちらに手を差し出した。握ってやると、満足そうににこっと笑う。

俺はあきらめてたよ、ほとんどのことを。あきらめずに済んだのは、千野がいてくれたおかげ。


「今日はいっぱい歩くよ! 都内みたいに密集してないから」

「聞いたよ。だからそのつもりで来たよ」
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