イジワル御曹司に愛されています
松慶というのは兄の名だ。仏師とか寿司屋とか、小さいころはいろいろ言われたに違いない。私も引っ越しトラックとか箸袋とか、ご祝儀とかもはやいい思い出。

あかねは私と同じ高校になる前から、家族そろってこのお店を御用達にしてくれていたらしい。ありがたい話である。


「今日こんなお菓子売ってて、明日から仕事とか、信じられない」

「今夜向こう帰るでしょ? 切符買っちゃった? 同じ電車乗ろうよ」

「夕食食べてからなんだけど、大丈夫?」

「大丈夫、私もそのつもりだから」


お会計を済ませ、商品を渡したとき、あかねが声をひそめた。


「ねえ寿、昨日、都筑となにかあった?」

「え…」

「電話のあと、元気なかったからさ」


あいまいに微笑んだ私を、ポケットにお饅頭を入れながら横目で見る。


「未沙、さっそく電話したらしいよ」

「えっ」

「つながったって。東京で会う約束したってさ。未沙も今、都内勤めだから」


え…。

あれ、困った。思考が停止してしまった。


「えっと…」

「どうお感じですか、寿さん?」


あかねがマイクを向けるみたいに、私の口元に手を持ってくる。いたずらっぽく笑みつつも、けっこう本気で「考えろ」と言っているのがわかる。


「どうお感じ…」

「嫌? 悔しい? どうぞご自由に? なにかあるでしょ」


なにかって言われても。

私は困り、「わかりません」とやっと答えた。

だってわからないよ。

わからない…。

あかねはマイクを私に向けたまま「ふうん」とつぶやいた。


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