イジワル御曹司に愛されています
一昨年祖父が脚を痛めて引退してからは、父が跡を継ぎ、兄も後継者候補として修業している。父には内緒だけれど、私は生菓子に限っては、兄の作るもののほうが趣味がよくて好き。

大晦日にもお店を開け、年始は二日からもう営業。こういう時期こそ需要のある世界なのだ。


「お母さん、最中、24個入りと36個入りってまた始めたの?」

「それがね、最近は外国のお客さんが、大量に買ってくれるのよ。なんでもこの先の温泉がね、秘湯として、海外向けのガイドブックに載ってるんだって」

「へえー」


地元の人以外誰も行かない場所だったのに。知らないところで、誰かがなにかを仕掛けて、経済って回っているんだなあ。

このへんも核家族が増えて、数の多い詰め合わせは一時期まったく売れなくなった。時代が変わればニーズも変わるのだ。


「いらっしゃいませ…あれっ」

「やっぱり店番してると思った。看板娘」


自転車で乗りつけたのは、あかねだった。白い息を吐いてお店に入ってくる。


「花びら餅5つ。って昨日も買ってるんだけどね」

「当日召し上がっていただくのが一番ですので」

「ついでにお饅頭、ばらで3個。あと練り切り、お正月っぽいのを5個見繕ってくれる?」

「かしこまりました」


お兄ちゃんの作ったのを多めに入れておこう。10歳離れた兄は昔から私の憧れで、お嫁さんを連れてきて二児の父になった今でもなお、私は誰よりも兄びいきなのだ。


「ご自宅用でよろしいですか?」

「うん。お饅頭は食べながら帰るから、袋に入れないで」

「え、3つとも?」

「ちょうど3つぶんくらいの距離でしょ」


知らないよ。自転車乗りながらお饅頭食べたことなんてない。

東京ではきらびやかなあかねも、ここではほぼすっぴん、ジーンズにおばあちゃんのお下がりみたいなくたびれたカーディガン。

十分きれいだし、これが許されるのが地元のいいところだよね。


「こちらでお包みしますね」

「わ、きれい。この干支のやつ、松慶(しょうけい)さんのでしょ」

「よくわかるね」

「おじさんのはちょっとひょうきんなんだよね。松慶さんのはスタイリッシュ」

「常連さん怖い」
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