泣かないで、楓
「あっ! お、おはようございます」

 ヒーローショーで司会のお姉さん役をやっている、北岡 ちさと(きたおか ちさと)さんだった。

「すいません。ボーッとしてました」
「あ、いえ、こちらもボーッとしてましたから。ふふっ、朝から奇遇ですね」

 この場合、奇遇と言ってよい物やら。

「ひいふうみい……。よし、全部ある」

 そう言うちさとさんは、スッと僕の両手を握り、一緒に立ち上がった。ちさとさんの手は小さく、ふんわりとした感触があった。

「恭平さん、今日同じ現場でしたよね?」
「あっ、はい」
「一緒に頑張りましょうね。ファイトですっ」

 ちさとさんは僕の目の前で、シュッ、と拳を突きだした。

「ん? 何か落ちましたよ?」

 ちさとさんのズボンのポケットから、パスケースが床に落ちたので、僕はすぐに拾った。透明のパスケースには、運転免許書が入っていた。

「れ?」

 僕は運転免許書の生年月日の欄を見て、驚いた。昭和……え? ちさとさん、今年で33歳!?

「あわわわっ、ご、ごめんなさいっ」

 ちさとさんは慌てて、僕からパスケースをひったくった。

「じゃ、じゃあまた後で!」

 そして、茶髪のショートカットを振り乱しながら、逃げる様にその場から立ち去った。

「見えないなぁ……」

 僕は走り去るちさとさんを見ながら、ぽつり、と呟いた。
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