泣かないで、楓
「ドロン、しますね~、って。何なんそれ」

 楓はちさとさんの後ろ姿を見ながら、ポソッ、とした声で悪態をついた。

「楓、ちさとさんも嫌いなの?」
「えっ!?」

 楓の身体はビクッ、と震えた。どうやら聞こえないと思ったらしい。

「嫌い、っちゅうか、苦手、っちゅうか……」

 楓は、言葉尻を詰まらせながら、後ろ頭をボリボリと掻いた。

「じゃ、聞くわ。恭平は、あの人が好きなんか?」
「へっ?」
「どうなん?」

 楓の突然の質問に僕はうつむき、口ごもった。

 ちさとさんは可愛い、と思う。笑顔も素敵だし、声も魅力的だ。一緒にいて楽しいし、いつも自分の事を見てくれている様な、不思議な魅力がある。

 でもそれって、好き、って事になるのだろうか?

「ふーん。そうなんか。そうなんやな」

 僕が返事をする前に、楓が喋りだした。

「な、何が?」
「別に。ただ、アンタからしたら、ドロンした方がええのはウチなんかな? っちゅう事や」

 意味が分からない。楓はさっきから、何を言ってるんだ?

「さ、リハの時間や。もう行くで」

 そう言うと楓は、僕のそばを離れた。その様子は、少し寂しそうにも見えた。

 気のせいかな。
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