泣かないで、楓
 ショーは2公演とも炎天下の中、無事に終了した。今日は帰りが遅いので、現地で一泊した後、明日の朝に帰る事となった。遊園地の時計台の針は、7時30分過ぎを差している。静かな夏の夜に、チリリリン……と鳴く虫の音が聞こえてきた。

 僕と楓は、ショーで使った衣装を洗濯していた。遊園地の事務所外にある洗濯機は、洗濯槽と脱水槽が分かれている、古いタイプの物だった。

 僕と楓は、古ぼけた遊園地のベンチに腰を下ろした。清涼飲料水のマークらしき物が真ん中に大きく描かれているが、ペンキがほとんど剥げており、字すら読めない様な状態だった。

「あーあ。終わったな」

 感慨深い声で、楓はしみじみと言った。

「初めてのヒーローはどうやった?」
「どう、だったかなぁ」
「満足いくもんではなかった?」
「うん。もっと稽古しなくちゃ、と思った。楓みたいに」
「ウチは大した事あらへんよ。先輩たちの方が、もっと凄いで」

 楓は突然パチン、と目の前で両手を叩いた。蚊をつぶそうとしたのか。

「楓とこれ以上、距離が離れるのは嫌だ」
「えっ?」

 ハッ、と思った瞬間、もう遅かった。ゴトゴトゴトゴト、と洗濯機の回る音が大きくなった。

「どう言う意味なん? それ」
「う……ん」

 自分でも何が言いたいのか、よく分からなかった。楓と吉伸先輩の話を聞いて、それに自分が嫉妬している様にも感じて、上手い言葉が出てこなかった。

「いや、何でも……」

 僕は、反射的に楓から顔をそらした。劣等感にも近い、自分の本当の気持ちを見透かされたくなかったからだ。

「まぁええわ。ちょっと待ってな」

 楓はベンチに置いてあった自分のスポーツバッグのチャックを開け、中から何かを取りだした。

「はい」

 楓は、僕に缶ビールを差し出してきた。

「お前、こんなの見つかったら、先輩に怒られるぞ?」
「へへっ、ええやん。祝杯や」
「え?」
「恭平が初めてヒーローになった、記念日やからね。今日は」
「そっか」

 僕は缶ビールのフタを開けた。

「お疲れっ!」
「お、お疲れ」

 僕と楓はビール缶を合わせ、乾杯をした。カン、と言う小さな音が、夜空に鳴り響いた。
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