泣かないで、楓
 ショーが終了し、楽屋に帰るしな、僕は床にブッ倒れた。身体は汗と高熱でひからびており、もう、これ以上動ける自信がない。

「お疲れ」「お疲れさん」

 先輩たちが、次々と楽屋に帰ってくる。ハッ、と気がついて、僕はヨロヨロと立ち上がった。

「失礼します」

 先輩のスーツを脱がせてあげるのは、僕ら新人の役目だった。ヒーローや怪人のファスナーを降ろし、脱いだ衣装はすぐに回収をする。これを怠った者は、後でキツーイお説教を喰らう。ヘタすりゃ、殴られかねない勢いだ。

「おい、何であそこの殺陣(たて)ミスったんだよ?」

 ロン毛の先輩が、戦闘員のお面を脱ぎながら、スタスタと僕の横にやってきた。僕に剣をクリーンヒットさせた戦闘員は、ロン毛の先輩が中に入っていたのだ。

「す、すみません」
「ヒーローが恰好悪く倒れやがって。ふざけんなよ」

 ロン毛の先輩は右手の拳で、僕のあごをグリグリと押し付けた。

 「だからお前と一緒になるのは嫌なんだよ」

 グリグリと押し付ける拳の強度はさらに上がり、先輩の目つきは、そのままパンチをしてきそうな勢いだった。

 「やめぇや」

 吉伸先輩が大きな声を上げた。

「しょうがなかろうが。恭平は今日、緊張しとったんじゃけぇ」

 赤色のお面を脱ぎながら、吉伸先輩がフォローしてくれた。

「今回の失敗は、次に生かせばええけぇ。そうじゃろ?」

 そう言うと吉伸先輩は、ずい、とロン毛の先輩と僕の間に割って入ってきた。吉信先輩はロン毛の先輩睨みつけ、手首をガッ、と掴み、そのまま黙って手を下げさせた。

 ロン毛の先輩は、吉伸先輩の手を振り払い、ぶつぶつ言いながら僕の元から去っていった。
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