世界が終わる音を聴いた
部屋はクーラーをつけっぱなしにしていたおかげで涼しかった。
ベッドには小さなぬいぐるみの猫が転がっている。
2年前の夏、花守さんから別れを告げられた私に、学くんがくれたものだ。
きっとふられた妹への慰め、という名の優しさのつもりだったんだろう。
お陰さまで私は、学くんに対する自分の気持ちにはっきりと名前をつけなくてはいけなくなったのだけど。
ベッドに腰かけて猫のぬいぐるみを持ち上げて対面すると、つぶらな瞳で私を見つめる。
ハデスの声が反芻する。
『お前は、本当に、今のままでいいのか』
それは夢を諦めた私への言葉であり、気持ちを秘めたままの私への言葉でもある。
関係を変えなくてもいいのか?とは言っていない。
その気持ちを伝えなくて、後悔しないのか?と言っているのだ。
「お前は欲があるのか、無いのか分からんな」
どこからともなく、聞こえた声は間違いなく反芻していたその声で。
後ろを振り返ると、ハデスが窓にもたれ掛かっていた。
「自分のことが一番自分ではわからないんだよ」
「そうか」
「ハデスは何で私の前に現れたの?」
「……昔のことだよ。お前に名前をもらったとき、この魂を送るのは自分だと決めたんだ」
「……わたし?」
「お前以外に誰がいる?」
絶句、とはこういうときに使うのだろう。
「全く記憶にないんだけど」
「この家の、お前には祖母に当たるか?マサという婆さんがいただろう。その魂を送りに来たときにな、お前ははっきりと俺を見てたよ」
「それって私、何歳よ?」
「小さい子供にはたまにあることだ。大抵は怖がって泣くか、じっと見るだけだが……」
そこで言葉を切るから、自分で眉間にシワが寄るのが分かる。
「お前は、にこにこ笑って『あなたハデス?そうでしょう?映画で見たよ!』と、抱きついてきたんだ」
記憶の片隅にあるのは、昔好きだったアニメーション映画。
そういえば母に、ヒーローではなくて悪役が好きだった変わった子供だったと言われていた記憶がある。
「大好きだと抱きつかれたのは後にも先にもお前だけだ」
ハデスは少し笑って、私を見る。
その姿はちっともそのアニメの“ハデス”とは似ても似つかないのに、子供の目とは不思議なものだ。