世界が終わる音を聴いた

部屋に戻る前に、リビングによってお水を飲む。
少し、資料整理をして今日はもう寝よう。
ここのところの忙しさに、体は確かに疲労困憊だ。
その上、見知らぬ人に、あと1週間しか生きられないと言われるなんて、デタラメにしたって心さえも疲弊すると言うものだ。

ぎし、と椅子に座って机の横においてあった鞄を漁る。
取り出した資料に目を通して、さらさらと少し、赤ペンを足す。
これで明日の仕事も少しはやりやすくなるはず。
それにしても、身を切り詰めて仕事をするのもたまには必要だけど、ずっとこれだとさすがに身が持たないんだな。何事も程々が一番。
深みにはまると身動きがとれなくなるのは、仕事も人付き合いも同じだ。

「さて、と」

ぐんと伸びをして、資料をファイルに挟み鞄に戻すと、傍らにおいていた日記帳を取る。
表紙は紺色のカバーで、少し洒落た囲いの中で書かれている“Five Year Diary 2015~2019”の金色。
その表紙をパラリとめくりペンを走らせた。

『根を詰めていた案件が終了。久々に早く帰宅。仮眠後、不可解な出来事。私の命の期限をあと1週間だと言う人』

と、書いたあと、一瞬悩んで、“私の命の期限を……”のところを上から二重線で消す。
代わりに“平和な日常に感謝”と書いた。
1つ上の欄、つまり1年前の今日も同じように締め括られている。
毎日、同じように呪文のように繰り返し書く。

『平和な日常に感謝』

5年前に、姉を亡くして、しばらく書けずにいた日記を再開してから、必ず最後に書くようになった。
いつしかそれが、締め括りの言葉のようになっていた。
ぱたん、と日記帳を閉じてそのままベッドに沈みこむ。
布団は私を優しく包み込み、そして体はとても正直で、すんなりと睡魔をつれてきた。

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