忘れたはずの恋
「5班の近藤さんはどうもバイクが苦手みたいで課長が困っていたわ」

4月も終わりに近づいたある時。
集配で事務をしている田中さんと昼休憩が重なった。

「そうなんですか」

若い2人は集配でも話題に上がることが多いらしく、特に事務系の社員にとっては絶好の的だった。
私は別に興味もないので適当に頷く。

「いつか事故が起こりそうだって。それに比べ…」

田中さんは目を輝かせて言う。

「藤野君、高卒なのにバイクの取り扱いが上手いらしくて。
愛想も良くて見た感じも可愛いから、みんなに評判良くてさ~!!」

まるで自分の事のように話していますよ、田中さん。

「でも、彼って身長高いし、パッと見た感じ可愛いっていう感じじゃなかった気がするんですけど」

顔は…あまり覚えていない。
それくらい、印象がない。
どちらかというと近藤さんの方が覚えている。

「まあ、また集配に来た時にでも見て行ってよ」

見世物なの、彼?



田中さんがそんな事を言うから午後から集配に用事で行った時にわざわざ遠回りをして彼が所属する3班に行く。

「吉永さん」

私の名前を呼ぶ人がいる。
しかも3班から。
振り返ると班長の三木さんが手招きをしている。

そのまま3班へ近づく時にチラッと班内を見た。
…藤野君は三木さんの隣で仕事をしていた。

「あの、ウチの子の保険証ってどうなってる?」

「今、申請中なのでもうすぐ来るはずです」

「そう、来たらすぐに知らせてね」

私は頷いた。
三木さんは最近、2人目のお子さんが生まれて幸せいっぱい。
…羨ましい。

「三木さん」

男の人にしてはやけに可愛らしい声が聞こえた。
藤野君だった。

「あの、これは…?」

迷いながら三木さんに郵便を差し出す。

「ああ、これはね」

三木さんがファイルを指さして藤野君に教える。

何とも言えない可愛らしい声。
何となく、顔立ちとも合っている。

私は田中さんが言っていた事に妙に納得をして総務へ向かった。

…弄られキャラっぽいかな。
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